「好きなんだ・・・付き合って下さい・・・」
鏡の前で呟いてから、矢沢はバッと頭をかきむしった。
今年でやっと、高校二年生になったばかりのまだまだ未熟な青年だ。洋服にも、髪型にも必死で気を使っている。
そんな、矢沢 英人に、今、最大の難関が降り掛かっていた。
それは、とうとう、恋に落ちてしまったのだ。
今まで、女の子と付き合った事はあったけど、あくまで友達が付き合ってたからとかで「好きになる」までは到達しなかった。
だから、まぁ、こんなものか・・・と思っていたにも関わらず、とうとう寝ても覚めてもその人のことばかり・・という状態に陥ってしまったのだ。
しかし、矢沢の不幸は恋する相手が男だった。
男子高とはいえ、男・・。
しかも、相手は虐められっこだった。
それも、英人自身も普段から虐めては殴ったりしていた。
虐められッコの栖山 李名はその女っぽい名前の通り、華奢な感じで、いつも俯いている美少年だ。顔を見ればカワイイのに、長い栗色の前髪で瞳を隠して、矢沢だって、ワザと引っ掛けた足で李名が転ぶまではそんなにかわいい顔だとは知らなかったのだ。
「ああ・・・どうしよう・・」
何事も、思い立ったが吉日。
好きになったら告白しかない!!と思い込んでいる。
告白の機会を一週間待った。その間も、相変わらず李名はクラスの男にトロイだの、パン買って来いだの、殴られてばかり。
当然、まだ恋人でもない奴をかばう必要なんてないから、矢沢は見てみぬ振りだ。
それどころか、呻く李名がカワイイから・・と加担したりもしていた。
そんな矢沢にチャンスが巡って来た。明日は、体育の授業だ。
飛び箱なうえに、6時間眼ときている。片ずけは必須だ。
どうせ、誰かがたのまれるだろうけど、李名に押し付けるに違いない。
そうなったら、李名が一人になる。チャンスだ。
「そうだな・・・。まぁ、その場になれば、考えればいいか・・・」
矢沢は頭の後で腕を組むと、ゴロンとふとんに横たわった。
頭の中はカワイイカワイイ李名を手に入れる事でいっぱいだ。
ふわふわと明日の事を考えつつ、矢沢は目を閉じた。
案の定・・・というか、思い通りにというか、翌日の体育の授業後は、やはり李名が片付けを押し付けられていた。しっかりと断れないのが悪いに決まっている。
だから、矢沢も別段口出しはしない。
でも、告白には、やっぱり体操服よりも制服のほうがいいな・・・。
矢沢は、体育の授業が終わると同時に更衣室に駆け込んで、制服に着替えた。李名が片付けをしている内に体育準備室に行かなくてはいけない。
トロい李名の事だから、余裕だろうけど、早いに越した事はないから・・。
矢沢は焦って体操服の入った鞄片手に、体育館内の体育準備室に向った。
さすがに、胸が高鳴る。李名の顔を思い浮かべると、心臓が狂ったみたいに激しく打ち始める。
「っ・・・なんだよ」
矢沢は顔を赤くしながら、学生服の上から胸を抑えた。
普段からあっている奴なんだから、いまさら緊張もへったくれもないと思っていた。やっぱり、考え通りには行かないものだ・・・。
とにかく、早くこの緊張からぬけ出したい。
それには、早く栖山を捕まえて付き合うよう迫らなければならない。
「栖山〜」
矢沢は体育館の扉を開けると同時に李名を呼んだ。体育館内に響き渡って、反響する。
普段なら、いじめられっこの栖山はこれで飛び出してくるはずだ。準備室の中まで聞こえていないなんてはずはないのだから。
しかし、全くもって栖山は表れない。
「チッ・・・おいっ!!栖山!!」
こんなときに限って、出てこないだなんて不安になる・・・。
イライラとしながら、矢沢は準備室に向った。
準備室は体育館入り口側の壁につけられている。マットなどもしまうので、扉は大きく横にスライドさせるようなタイプが両側2箇所についていて、中はつながっている。
「栖山!!」
矢沢はスライドさせて扉を開いた。中は薄暗く、マットや平均台と一緒に飛び箱もきちんと並べられている。
「なんだよ・・・もう帰ったのか?」
それでも、一応は逆側の扉まで歩いてみる事にした。
間にはバスケットボールやバトミントンのラケットがあって、歩きにくい。その上、もうすでに外は暗く、天窓からは光は入らないので、明かりは電気が中央に電球が有るだけだ。足下なんて殆ど見えない。
「帰ったのかな・・・」
矢沢はひとりごちてからね不意に足を止めた。
何か物音がした。カタンとかっていう音と、人が息を飲むような音。
音のした方を見ると、マットが乱雑に積まれている辺りだ。
「栖山か?」
マットがガサガサと動く。
矢沢は歩を速めて、マットの前に歩いて行った。
「栖山!!」
前まで行くと、積まれたマットとマットの間に黒い髪の毛がうずくまっているのが見える。
髪の毛しか見えない。
「おいっ!!」
ずっと呼んでいたのに・・・腹立ちまぎれに、矢沢は栖山の髪を引っ張って、マットの山から引きずり出した。
髪の毛を掴んで引くと、思いのほか軽い力で、栖山の身体はマットの間から出て来る。
「っつ・・・」
出て来たのだが、その姿を見た途端、矢沢は一瞬にして掴んでいた栖山の髪の毛を手放した。
ドサリと音を立てて、栖山の身体がマットの上に落ち、栖山が苦しげなうめき声を漏らす。
「なっ・・・なんだよ・・・」
マットの上に落ちた栖山の両手は縄のようなもので後ろ手に戒められていた。そればかりか、口にはボール状の箝口具がはめられ、足の間から毒々しい色のバイブが覗いている。
それは今も動いているらしく、李名の白い尻がヒクリヒクリと動いている。
「っつ・・・」
思わず、矢沢は息を飲んだ。
体操服の短パンは膝当たりで絡まるようにして、李名の足に纏わりついている。
上半身はさっきまで体育をしていた時と同じ、白にライン入りのシャツのままだ。
さっきまで、一緒に体育をしていたのを連想させる。ひどく扇情的だ。
矢沢は呆然と立ち尽くした。
「なんだ・・・矢沢か・・」
身体がびくりっと震える。
不意に、背後から声が聞こえた。
よく聞いた事のある、重低音のきいた大人の声だ。
「浅間・・・」
矢沢は目の前に立つ男を見上げて、目を見開いた。
ジャージを着て、笛も首から下げたままの体育教師が立っている。
気さくで、矢沢も普段からよく教官室に話に行く。いつかは、浅間みたいに格好よくなりたい・・・と憧れていた。
185cmもある長身がズズっと矢沢の前に立つ。10cm近い身長の差は大きい。
「誰が来たのかと思ったぜ。
まぁ、矢沢ならよかった。懲戒免職は免れたな」
クククッと笑うと、浅間は矢沢の肩を大きな手でポンポンと叩いた。
マットの上では李名が身体をビクビクと震わせている。
「で、何か用だったのか?」
浅間はにっこりと笑った。
「いや・・その・・栖山に・・」
しどろもどろになる・・。何を言っていいのか分からない。
まさか、想像だにしなかった事態だ。
「あぁ・・・そういえば、お前は李名の事が好きだったんだっけ?」
浅間はクスクスと笑いながら、矢沢の肩を叩いた。
言葉に、一瞬からだが固まる。
カァッと顔に血がのぼる。誰にも相談なんてした事がなかったので、自分が李名を好きだなんて、バレテいるわけがない。
「なっ・・なんっ・・」
顔を真っ赤にして、浅間を睨み付けた。
「ばぁか。先生はだてにお前等より長く生きてねぇんだよ。
見てたら分かるって」
浅間が豪快に笑って、李名の髪の毛をグイッと掴んだ。
李名の身体がえびぞりのように、上半身だけ反り返る。苦しそうなうめき声が鼻から漏れた。
「こいつは俺の抱き人形なんだけど・・
まぁ、お前とだったら共有してもいいぜ」
「えっ・・・」
矢沢が眉を顰める。
抱き人形だとか、共有だとか・・意味がよく飲み込めない。
自分はとりあえず、李名を好きだから、告白をしにきただけなのに・・・。
「ホラ、李名。矢沢だぜ」
浅間がマットに座り、李名の箝口具を外しながら囁いた。
ボール状の白い器具が李名の口から唾液の糸を引きながら、ズルリと抜け落ちる。
半ば、とんでいたように焦点の合っていなかった瞳がゆっくりと矢沢を向く。
矢沢はギクリっと身体を強ばらせた。潤んで、瞳一杯に涙を溜めて充血した目が矢沢を見る。
「はぁっ・・」
李名は苦しそうに息を吐くと、慌てて矢沢から視線を外した。
「いやっ・・・センセっ・・」
李名が浅間の身体に顔をこすりつける。
必死で、矢沢から逃げようとする様子を見て、一瞬矢沢の胸がチクリと痛んだ。
好きな奴が、自分を避けて、他の男にしがみついて行っている・・・。
「おい、矢沢。そのバイブ抜いて入れてやれよ」
クククッと体育教師は笑いながら、李名の髪の毛を手の平ですく。
「先生っ・・いや・・」
李名は浅間の言葉に、必死でもがくように身体を動かせた。
鼻先を浅間のジャージの胸に擦り付ける。
「浅間・・・いいんですか?」
矢沢はそんな李名をみながら、恐る恐る浅間の尋ねた。
「いいって。お前もどうせ犯りたかったんだろ。
せっかくの機会だから、やっとけよ。それに、お前は俺のお気に入りだしな」
そう言いながら、浅間はクスクスと笑う。
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