(2)

鏡が床に置かれて、翔二が、朔也の太腿を掴み、大きく足を広げた。そうして、ジワリジワリと、ゆっくりと後孔を押し広げながらペニスを挿入してきはじめた。

「ひ……ひぃ……あ……」

痒かった粘膜に、熱いペニスが触れてくる。体温が一気に上がっていくようだった。

朔也は呻くしかなかった。たまらなく苦しいのに。それを上回るような充足感がある。

「ひ……いた……」

ピリッとした痛みがはしった。何度か、そういう痛みがあったけれど、じわじわと翔二のペニスが入ってくると、その痛みもまた、快感にすり替わるようだった。

「あぁ、やっぱり、初めてだから、かなり裂けてしまったな…。でも、気持ちが良いでしょう。どうです? 奥までチンチンを入れられた感覚は」

「ひ……あぁ」

朔也は、ようやく痒くて溜まらない部分に、熱いペニスが触れているのを感じて、満足した吐息を吐いた。

「あ……あぁ……き……気持ち……いい……」

「あはは、ケツの穴にチンチンをいれられて、気持ちが良いなんて、本当のヘンタイもたいだ。アンタみたいに男の経験がないヤツでも、クスリでどうとでもなるんですね」

「う……うぅ……」

笑い声がこだますると、自分の現状を悟って、恥ずかしくてたまらないような気分になったけれど。「あぁ、全ては、あのチューブのせい…。あの、奇妙なクスリのせいで、奥が痒くて溜まらないのだ…」と思った。

ただ、「痒い」と自覚をすると、本当に痒みがどんどんと増してきているような気がして。

「ひ……ひぃ……もっ……もっと……」

朔也はゆらゆらと自分で腰を動かしはじめた。ただ、入れられているだけでは、また、奥から掻痒感が沸き立ってくる。後孔の中を、掻きむしりたかった。

「あぁ、自分で腰を動かして、快感を貪ろうとしているんですね。俺がチンチンで中を擦って上げましょうか? きっと、たまらなく気持ちが良いですよ」

「ひ…」

翔二の指が、朔也のペニスを握っていた。指がからまる感触に、ペニスからも快感が広がっていっていた。連動するように、後孔がパクパクと蠢いているのが分かる。

「あ……こ…こすって……」

朔也はかろうじて、微かな声をあげて、翔二の方を見上げた。

「さぁ、「俺のケツの穴の中を、チンチンで擦ってください」ってお願いしなきゃだめですよ。きちんといえるでしょう。ほら、アンタのチンチンもこんなになって、たまらなく気持ちが良いみたいですね。」

「う………」

ギュッとペニスを握っている手が、緩急をつけて動かされると、頭の中がぼんやりとしてきた。

「あぁ……ぼ……僕の……ケツの穴……ケツの穴を……ち……チンチンで。

 こすって…擦ってください…」

自分の口から、損な言葉が漏れているというのが信じられ無いような気がした。こんな、卑猥な事を言っている。

なのに、ペニスは勃起したままで…。

「あ……あぁ……あぁぁ……」

こんなのは、自分ではない・こんなのは、自分ではない。そう何度も心の中で繰りかえしていたけれど。ゆっくりと翔二が腰を動かしはじめると、そんな理性的な考えも、一気に花火のように散っていった。

あとには、ただ、快感だけが残った。

「ひ……あぁ……きもちいい……いいよぅ……」

ペニスが、ゆっくりと後孔をこすりはじめる。そうすると、ようやく痒くて溜まらなかった部分が掻かれる満足感で、体がビリビリと痺れる。

「あ……あぁ……きもちいい……うぅ……」

「あぁ、アンタの中がギュウギュウに締めつけてきている。いい……いいですよ」

翔二の声もあがっていた。それに、腰をつかんで、激しく、何度もペニスが注挿された。

腰と、尻の皮膚がぶつかる鈍い音が箱の中に響いている。それに、グチュグチュと後孔の中が掻き回される音も。

朔也は、自分の視覚・聴覚…など。全てが翔二に支配されていっているのを感じた。自分の体が自分のものではなくなって、ただ快感に流されていく。

「あ……あぁ……きもちいい……」

翔二の目が、ジッと自分を見つめているのと、一瞬、はっきりと目があった。翔二の顔は、ニヤリと歪んでいて、薄気味が悪く、背筋がゾッとした。けれども、それもすぐに快感に取って代わられた。それに、すぐに視界は涙でぼやけて、翔二の鋭い視線も、歪んでいった。

「あ……あぁ」

何度か激しく擦られたところで、ピタリと動きが止められた。

「ひ……あぁ……」

一度、掻き回される感覚を覚えた後孔は、動きがとまると、いままでよりも、より激しく中を掻き回されることを欲しているようだった。自分の頭の中に、後孔の粘膜がグチュグチュと蠢いて、必死でペニスを締めつける様子が浮かんでいる。

「気持ちがいいですか? チンチンを入れられて」

「あ……う……うん……」

また、中を掻き回して欲しいので、ただ頷くしかなかった。

「俺も気持ちが良いですよ。久しぶりに新鮮な体に出会った気がする。そうだ…。

 初めてのヤツの体というのは、こんなものだったんですね。いままで、馴れた体でばかり我慢していたから、こんなにも新鮮な体というのを忘れていましたよ。ギチギチと締めつけてくる感覚が心地良い。アンタも、ほら。チンチンがこんなにも勃起して、気持ちが良いでしょう」

「ひ……あ……あぁ……。き……気持ち……いい……です……あぁ……。

 奥が……奥が痒い……」

動きを止められているせいで、後孔の奥が激しく痙攣しているきがした。それは、できることならば、自分で腹を割いて、手を中にいれて掻きむしりたいほどだった。

「はは…。初めてのヤツでも、クスリを使えば、こんなにも淫乱になる。面白いですね」

「あ……あぁ」

翔二の言葉に耳を塞ぎたいけれど。両手首をしばられているせいで、それもかなわなかった。

耳で聞くと、どうしてもより羞恥心が煽られ、快感が増幅していく。もう、奥の痒みを我慢できなかった。

「ひ……ひ……」

朔也は、拙いながらも、ゆっくりと腰を動かしはじめた。

それでも、なかなかペニスは奥まで入ってこない。「あぁ、痒い・痒くて溜まらない」その考えだけに頭の中が支配されていく。

「奥までチンチンを突っ込んで上げましょうか?

翔二の笑い混じりの声が聞こえた。

「あ……あぁ……う…。お……お願いします……。お…奥まで……チンチンを…つっこんで下さい……」

朔也は、必死で掠れた声で言葉を紡いだ。

「そう…。よく言えましたね。じゃあ、ご希望通り、突っ込んで上げましょう」

翔二は、グイと朔也の太腿をつかんで、ゆっくりと腰を沈めはじめた。

「あ……あぁ」

かつれていた後孔に、ペニスが入ってくると、「あぁ、やっと…」という心が湧いてくる。

「さぁ、奥まで入った。あぁ、アンタの中がヒクヒク締めつけていて気持ちいい。

 いいですよ」

「ひ……あぁ」

翔二は、朔也の腰をつかむと、激しく律動をはじめた。ペニスが、ギリギリまで引き抜かれては、一気に奥まで突き上げられる。

「あ……あぁ……きもち……きもちいい……」

痒くて溜まらなかった部分が、翔二のペニスで擦られる。自然と快感は下半身からぞうふくしていき、全身を支配していた。そうして、朔也のペニスの方へと、あつまっていっていた。緩く握られているだけなのに、ペニスが今にもイキそうに、ビクビクと震えている。先走りの液体はどんどんとにじみ出てきていて、尿道口をキラキラと輝かせていた。

「あ……あぁ……」

「いい……いいですよ……あぁ……イク……イク……」

翔二のうめき声が聞こえると同時に、後孔の奥に、ピシャリと熱い感覚が打ち付けられた。それは、腹の奥に何かが貼り付くような。

もどかしい感覚だったけれど、なんとなく達成感のような物も感じた。

後孔の痒みも、激しく擦られたせいで、薄まって消えていた。

「あ……ああ」

ただ、翔二のペニスが引き抜かれていくとき。なんだか名残が惜しいような気がして、後孔がギュッと締めつけていた。

「あぁ、アンタのチンチンは勃起したままだ。イキたいですか?

後孔の奥に打ち付けられた瞬間。ペニスから精液がでそうになったけれど。翔二の指が、きつくペニスの根本をおそえていたせいで、イクことができなかった。だから、下半身に、どっしりとした快感が、たまったままだった。

 

「あ……あぁ……い……イキたい……」

「じゃあ、ほら、俺のチンチンを舐めてくださいよ。アンタの中にいれていたせいで、グチャグチャに濡れている」

「あ……」

翔二は壁にもたれて、足を大きく広げて座った。朔也は髪の毛をつかまれて、四つん這いの姿勢にさせられて、そのペニスに、顔を擦りつけられた。頬にも、唇にも、朔也の中にいれられていたジェルと、翔二の精液・朔也の後孔の粘液がべったりと貼り付いて、耐え難いほどに臭かった。

「さぁ、早くチンチンをなめて、綺麗にしてください。アンタのせいで、こんなになっているんですよ」

「う……」

躊躇していると、鼻をつままれた。自然と口をあけてしまった、その唇の中に、汚れたペニスが、グイと押し込まれた。

「ひ……ぐ……」

突然の事だったので、抵抗することも出来なかった。それに、口を離そうとしても、後頭部の髪の毛をつかんで、グリグリとペニスに押しつけられて。逃げられるはずもなかった。

「チッ。歯が当たるな…。きちんと、歯が当たらないように工夫して舐めろよ」

髪の毛をつかんでグリグリと押しつけられ、苦しさで吐きそうだった。でも、逆流してくる胃液をなんとか飲み込んで、必死に舌をペニスに這わせた。

そうしないと、何をされるか分からない…。そんな恐怖心が迫り上がってきていた。それと、翔二が手を伸ばしてつかんでいるペニスの刺激が…。溜まらなかった。

もう、今にもイキそうなのに。肝心なところで、翔二は手を緩める。だから、快感の波が何度も押し寄せては、はかなく引き戻されていくようで。もどかしくてもじかしくて。おかしくなってしまいそうだった。自分の手で、思い切り扱きたいけれど。くくられている両手が悔しくてしょうがない。

「う……うぅ」

だから、なんとか翔二を満足させるために、必死でペニスに舌を這わせた。

どれくらいそうしていただろうか。ずっと舌をからませて吸い上げていると、翔二のペニスが再び、ジワリジワリと勃起し始めてきた。

「う……うぐ……」

おおきくなってくると、口の中におさめるのが苦しかった。だから、舌を突きだしてなめたり、先端を口にふくんで吸い上げたりした。

勃起しているペニスをなめていると、まるで自分のペニスにそうしているような錯覚が起きてくる。頭の中が混乱している。

全ては、快感のせいで…。

「あ……あぁ」

「あぁ、また勃起してきた。ほら、もっときちんと舐めろよ。そうしたら、アンタもイカしてやってもいいですよ」

翔二の言葉に、自分の体の中でよどんでいた快感が、一気に渦巻いてペニスに集まっていくように感じた。

イキたい…。あぁ、そのためだったら、翔二のペニスをなめるくらい、なんてことはない。

「う……うぅぅ」

朔也は必死で、翔二のペニスを舐めた。裏筋をなめて、双球も口にふくんで、吸い上げる。そうしていると、どんどんと翔二のペニスが勃起していく。それにしたがって、翔二が朔也のペニスにからめている指の動きも激しくなってきていた。

今にもイキそうだ…。それに、翔二のペニスもブルブルと震えて、絶頂が近そう…。

自分の口で、翔二のペニスをこんな風に形を変えさせている…。そう考えると、奇妙な達成感のようなものがわき起こってきていた。

もっと舐めて、勃起させたい。朔也はむしゃぶりつくようにペニスの先端を口に含んで、何度も何度も吸い上げた。

「あぁ……いいですよ……」

翔二の掠れている声は、快感を我慢しているようだった。

「う……うぐ……」

しかし、ペニスが完全に勃起して、先端から苦みのある精液がにじみ出はじめたところで、後頭部の髪の毛がつかまれた。

「ひ……ひぐ……」

乱暴に、頭が揺さぶられる。

喉奥までペニスがつっこまれて、その喉奥でふるえているのどちんこにペニスの先端がグリグリと押しつけられる。苦しくて、目眩がしていた。でも、同時に翔二が朔也のペニスにからめている指の動きも激しくなってくる。

口を犯されているのと、ペニスを扱かれている動きが、連動している。

「あ……あ」

苦しい。苦しくてたまらない。体が壊れてしまう…。

そう感じた瞬間に、頭の中が白く弾けた。

「う……うぐ……うぐぐ……」

喉の奥。食道の入り口に熱い感触が打ち付けられた。それが口の中をみたしていくと、たまらなく生臭い。腐った臓物でも口に入れているような臭気が漂ってきた。ただ、口にペニスがはいっているせいで吐き出すことが出来ず。

「うぐ……」

そのたまらない臭気が、喉奥を下っていった。べったりと食道にもその粘液がはりついて、名残を残しながら下っていっているように思った。

「あ……あぁ」

「ほら、アンタもイッたな。どうだ? 男のチンチンをくわえて、イク感じは?

「あ……あぁ……う……」

下半身を覗き込むと、たしかに、自分のペニスから白濁とした粘液が放出されていた。それも、いつもよりも量がおおく、濃厚な気がした。独特の饐えた匂いが鼻をつく。

「あ……そんな……そんな……」

男にこんな事をされて、絶頂を迎えているのが不思議だった。

ただ、後孔はまだピリピリと痛かった。それが、さっき、男につっこまれて掻き回された名残のように思えて、苦しくて溜まらなかった。

「あ……あぁ……」

しばらく、朔也は呆然とその精液のたまりを見ていた。翔二は、そんな朔也の様子を見て、ニヤリと笑っていた。

「う……」

不気味で、薄気味が悪く、朔也は目ほ逸らした。しかし、翔二は脱ぎ捨てられている朔也のパンツで、その床にたまった精液と、自分のペニスを拭いていた。

自分のパンツが、ぐっしょりとぬれて、汚い塊になっている。ぼうっとしている朔也の視界で、翔二がペニスをズボンの中に入れて、身繕いを整えているのが見えた。朔也も、ズボンを履こう…としたけれど。体を動かすと、ヒリヒリと後孔が痛くて、なかなか思うようにはくことができなかった。だから、かなりの時間をかけて、ようやく吐くことが出来た。その様子も、翔二はニタニタと笑いながら見ていた。

朔也は、ズボンを履くと、翔二とは離れた位置に体を動かして座った。

 

こうして、離れて座っていると、さっきのことが嘘のように思える。

どれくらし、そうして座っていただろうか…。不意に、ガコンと音がして、エレベーターが大きく揺れた。

朔也は突然の事に、エレベーターの電光表示板を見てみた。今までは奇妙に点滅しかしていなかったものが、今は、数字を表示している。そうして、それは確実に階数を少なくしていっていた。

「あ……」

反応は翔二の方が早かった。立ち上がると、リュックを背負い、チラと朔也の方を見た。

「あぁ、やっと動き出したようですね」

翔二は、そう呟くと、ポケットからサバイバルナイフのようなものを取り出した。朔也は、ジッとそれを見ていた。よくみると、その刃の部分は、赤黒くて鈍く光っていた。

よく、目をこらしてみると、それが「血」で汚れているように見えた。

「ひ……」

反射的に、朔也はエレベーターの隅にへばりつくようにして逃げた。

 

さっき、翔二が言っていた、「愛人を殺してきた」という言葉が頭の中によみがえってきた。

本当だったのだろうか。あまりにも現実感がなくて、翔二の「創作」のように感じていたけれど。

「俺が何歳だか、分かりますか?

翔二は、ナイフを手で握り直しながら、ジリジリと朔也の方に近づいてきていた。

「え……」

「まだ19歳なんですよ。だから、未成年です。

 アンタに、下手に民事裁判で賠償を求められることを考えたら、今、ここでアンタを処分しておいた方が賢いでしょう。まだ未成年だから、2人くらい殺したって、たいした罪にはならない」

翔二の甲高い笑い声が響いていた。

朔也は、「まずい…」という危機感を覚えて、ただ、ひたすらにエレベーターの電光表示板をみていた。ジッとみていると、それはひどく遅くて、もどかしいように感じた。

逃げなければいけない…。頭の中で警鐘が鳴っていた。この青年は本気だ。

それは、目をみれば分かる。ジッとこちらを見つめている目が。

ギラギラと光って、それは獲物を見つけた肉食動物を連想させた。

「あ……あ」

ようやく2階を、表示板が表示していた。逃げなければ。

朔也は、走りだそう…と足を踏ん張ったけれど。

さっきまでの淫行のせいで、足に力が入らなかった。それと同時に、「ブス」という音が、腹から聞こえた。

「え………」

見下ろしてみると、翔二の持っていたサバイバルナイフが腹に深々と突き刺さっていた。

なんだか、映画でも見て居るみたいに現実感が無かった。痛みよりも、驚きの方が大きかった。

「逃げようとしたって、無駄」

翔二の短い言葉が耳に響いた。腹のサバイバルナイフはすぐに抜かれて、今度は胸の辺りを「ブス」と音をたてて付いてきていた。

朔也は、頭のどこかで「あぁ、人を差すと、こんな音がするのか…」と自分の皮膚が裂ける音を冷静に聞いていた。

痛みというものは、伝わってこなかった。

ただ、自分のきているシャツが、どんどんと赤く染まっていくのが。奇妙だった。

「あ……あ……」

そのあと、立て続けに翔二は何度も腹のあちこちを「ブス・ブス」とそしてきていた。

そのたびに、白いシャツに赤い血が広がっていく。もとから、赤いシャツだったみたいに。ただ、ジワジワとどす黒く赤くなっていっていた。

「さぁ、アンタもなかなか良かったよ。

 俺は、防犯カメラの映像で捕まるだろうけど。

未成年だから、すぐに出てくることが出来る。アンタは、自分の人生に、これでバイバイだ。ほら、エレベーターの防犯カメラがあそこにある。手を振って、さようならをしてみるか?

翔二の声に、視線をあげると、丸い球形の防犯カメラのようなものが見えていた。ただ、手をあげたくても、もう力が入らなかった。

体ズルズルと倒れていく。

翔二は、わざと急所を外すように、何度もナイフで突いてきていた。

朔也は、ただ、そのナイフがどんどんと血で赤く染まっていって入るのを見るしかできなかった。

「あ、着きましたね」

気が付くと、エレベーターのドアが開いていた。

一階に着いたのだ。ようやく、「箱」が地上についた。

朔也は、ナイフを器用に折り畳んで、ポケットに仕舞っていた。そうして、ズルズルと倒れ込んでしまった朔也の方を見てから、ニタリと笑った。

「バイバイ」

スッと翔二の体が、エレベーターから離れて、去っていく足音だけが聞こえた。朔也も立ち上がろう…としたけれど。体に力が入らないし。

それに、仰向けに倒れている背中のあたりからも、血が広がって、体が床にべったりと貼り付いているのが分かった。

その血液が、床に接着剤のように朔也を貼り付けているようにも感じた。

「あぁ、立ち上がって、病院に行かないと」とおもったけれど、手も足も。動かなかった。

「ガコン」と音がして、足に、エレベーターのドアが当たる音が響いた。ちょうど、足が、エレベーターのドアの部分にかかっているらしい。

それで、ドアが閉まろうとしても、朔也の足にあたって、また、ドアが開く。それを何度も何度も繰りかえして、「ガコン・ガコン」という音が、空虚に響いていた。

ジワジワと、背中から広がっている血だまりが、目にもみえてきていた。そこまで、広がっていたのだ。それなのに、痛さよりも、その「ガコン・ガコン」とエレベーターが繰りかえし建てている音がうるさかった。

血だまりをみて「あぁ、血だ」と思うと同時に、頭の片隅で「俺は死ぬのかな…」と思った。

それと同時に、体が震えそうなほど、寒く感じた。

「あ……」

ブルッと震えると同時に、朔也の意識が、遠くどこかへ散っていくのを感じた。

 

血だまりの赤い絨毯の上に、朔也は仰向けで寝転がっていた。呼吸はジワリジワリとおそくなり、ついには停まった。ただ、目だけは見開いて、エレベーターの蛍光灯をジッとみているようだった。

ただ、エレベーターのドアが、朔也の足にあたって、ガコン・ガコンと繰り返し閉じようとしては開く音だけが、響いていた。

 

箱 2013 12 22 UP
「クスリを使ったりして、とにかくいやらしい物を書いて下さい」というリクエストをいただいたので、書いて
みました。できるだけ「舞台」みたいな感じで、ワンシーンで済む物を書いてみたいなぁと思っていたので
「エレベーター」という箱を舞台にしてみました。
というのも、最近私が読んだ句の「残り香のみ 昇降機にある 夏の夜」というものを、私がはいっている
俳句の同人の方に「からっぽのエレベーターが香りだけを載せて上下している様子が目に浮かびます」
と評価していただいて嬉しかったので、エレベーターというものがおもいつきました。
たしかに、空っぽの箱が何度も上下している様子というのは、一種異様な気がしますし。
とても「舞台」としてもいいものだとおもいます。

ただ、今回ので、そういう「エレベーター」という舞台をきちんと描くことが出来たのかは不安ですが。

とりあえず、クリスマスということで。クリスマス記念掲載とさせていただきました。

よんでくださって、ありがとうございます。
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