新しい兄弟
子どもって、不利だ。
「子ども」というだけで、かなりのハンデがあると思う。もう、大人みたいにきちんと出来ているのに。「大人達」からは、それを認めてもらえない。
結局は、子どもは、親の都合で振り回されるんだ。

「ほら、頭を下げて、きちんとご挨拶しなさい」
「ちぇっ…」
母にこづかれて、軽く頭を下げた。
向かい側には、何度かあったことがある「おじさん」が座っている。

ホテルのロビーの椅子は、隼人には、ふかふかとしすぎている。身体が、ソファに埋もれてしまうので、すわっているだけでもしんどい。
隣に母がいなければ、とっくに立ち上がって、ホテルロビーの中央においてある、大きなピアノを見に行っている。
こんなおじさんの顔をみているよりも、そっちの方がずっと楽しい。
「ごめんなさい。この子、緊張しちゃって…」
母が「おじさん」に頭を下げる。
「いえいえ。うちの子も…ほんと、無愛想で」
おじさんの隣。隠れるみたいに小さくなっている少年が、ぺこりと頭を下げた。
隼人の位置からだと、ほとんど、「おじさん」で隠れていて、よく見えない。
「まぁ、根は素直な子なんで、すぐに馴れると思いますけど。子どもって、順応性がある、っていうし」
「そうですよね。うちの子も。だれとでも、すぐにお友達になるから…」
母親と「おじさん」がほほえみあって、うなずいている。
なんとなく面白くない。
自分は、誰とでも友達になれる訳じゃない。友達は、きちんと選んでいる。
あの、「おじさん」の向こうに座っている少年なんかとは、友達にもなりたくない。
色が白いし、細いし。女子みたいだ。
「ふん……」
それでも、母の嬉しそうに上気した顔を見れば、不満なんて言えない。
今朝も、母は朝から、洋服選びに必死だった。
この服は細く見える?とか、この服は、あわない?とか。
「新しいパパ」に会いに行くのは、そんなにも楽しいことなのかなぁ…と首をかしげるほど。
隼人は、今まで、パパが居た経験がない。子どもの頃から、気づけば、母1人子1人だった。幼稚園くらいのときには、「どうしても、自分にはパパがいないんだろう」って不思議だった。「パパを買ってきて」なんて言ったこともある。でも、もう、小学校も高学年になって、「大人の事情」というものが分かってきた。
パパには、捨てられた。
だから、隼人の家では、「パパ」とか、「父親」という言葉は、禁句だった。
なのに、つい先日、突然母親から、「パパができたら、嬉しい?」と聞かれたのだ。
なんとなく、雰囲気で。
母親の帰宅時間が遅かったり。いつもと違うなぁと言うことはわかっていた。でも、まさか、「新しいパパ」ができるなんて思っても見なかった。
隼人が、何か考える間もなく、ここに連れてこられた、という感じだ。
向かいの「おじさん」がパパになるなんて、なんだかしっくりとこない。しかも、「おじさん」には、隼人と同じ年の子どもが居て、その子と隼人は兄弟になるらしい。
おじさんの向こうに、控えめそうに座っている少年が、自分の兄か弟になる。
いまいち、想像ができない。
「じゃあ、引越は……」
母が、テーブルの上に広げた紙に視線を落とした。
よく分からないけれど、家の見取り図のようだ。母と「おじさん」の話は、よく分からない。
「ねぇ、お母さん。遊んできてもいい?」
こんな場所でじっとしているよりも、もっと、ホテルの中を探検したり、見て回りたい。
「え? あぁ。そうね。いいわよ。でも、ホテルの迷惑にならないように……
そうだ、瑞喜くんと、一緒に遊んできたら?」
「あぁ、ちょうどいいですね。瑞喜、隼人くんと遊んできなさい」
「おじさん」の向こうにいた少年が、促されて立ち上がった。
背も、隼人より、5cmほど低い。それに、立ち上がったことで、より隼人と瑞喜の体格の差が目立つ。
1人で探検するほうが楽しいのに。
こんな、知らないヤツと一緒だったら、自由に行動できない
「ほら、瑞喜くん。隼人、よろしくね」
「瑞喜、隼人君に迷惑掛けるなよ」
母親と「おじさん」に促されるようにして、しょうがなく瑞喜の腕をつかんだ。
クラスの友達の腕より細い。
そういえば、母親が、「おじさん」の子どもは、早生まれだから、身体が小さいって言っていた。
隼人は、4月生まれだから、瑞喜とは、ほぼ一年、年が違うことになる。
小学五年生くらいだと、まだ、一年の差というのは大きい。
「探検…いこうか?」
「うん……」
うなずいた少年の首筋が見える。
クラスメイトの誰よりも白い気がする。
「じゃあ、付いて来いよ」
「あ……はい…」
非常階段の方へと走ると、瑞喜が慌てたように、後ろからひょこひょこと付いてくる。
ホテルの非常階段っていうのは、大抵薄暗くて何か秘密がありそうなのだ。
隼人は、今まで、何度か母の出張について、ホテルに泊まったことがある。そのときに、暇で、ホテル内を「探検」した。外国人の従業員が沢山いたり、大量のシーツが積まれていたり。ホテルの裏側が、見られて、ワクワクした。
「あ、ここだ」
「え……?」
『従業員以外立ち入り禁止』と書かれたドアを少しだけ開けた。
誰の目にも付かないように、そっと忍び込む。
「あ……こういう場所って、来ちゃ駄目なんじゃあ……」
「うるさいなぁ…」
そういう風に、いい子ぶる子は大嫌いだ。
ちょっとくらいリスクを負わないと、楽しいこと、なんて何もない。
瑞喜のように、いかにも「何もしないいい子です」という雰囲気というのは、隼人からしたら、面白くない。
どうせなら、もっと一緒に遊んで、楽しい「兄弟」がよかった。
こんな、ガリ勉みたいなヤツ、面白くない。
「……だって……」
瑞喜が周囲をきにしながら、隼人の後について、『立ち入り禁止』の中へと入った。
中は薄暗い。ロビーの明るい雰囲気とは全然違って、空気がほこりっぽい。
「シーツ室かなぁ」
白いシーツが、山のように積み上げられている。
従業員が誰もいなくて、シンとしている。
「………」
黙って、シーツの影に隠れるようにして進んでいく。白い山ばかりで、空気は輪凝りっぽくなる一方だ。
「あ…!」
視界の先に、従業員らしき人影が見えた。
慌てて、隼人はシーツの影に隠れた。
「え?」
瑞喜がワンテンポ遅れて、隼人と同じようにシーツの影に隠れる。
「どうして隠れるの? 」
「あほ!!見つかったら、叱られるだろ。立ち入り禁止なんだから」
従業員らしき人が、どんどんと近づいてくる。
見逃してくれるかな。ばれないかな…。
ドキドキする。
息をじっと潜める。
「はぁ……」
なんとか、通り過ぎた後ろ姿に、はーっと安堵の息を吐く。
「お前、要領悪いなぁ…。あやうく、ばれるところだっただろ」
「……だって…」
「なんだよ、なんか不満か?」
ジロリとにらと、慌てて瑞喜が俯いた。そうして、首を振る。
瑞喜と隼人では、まったく正反対だ。
自分が想像していたような「兄弟」でなくて残念。
それどころか、自分が一番苦手なタイプだ。
女みたいで、弱くて、居ても居なくてもいい。クラスに1人は居そうな、「いじめられっこ」。
「お前さぁ、前の学校でいじめられたりしてただろ?」
シーツの山の隙間に隠れたまま、瑞喜の方をチラリと見る。
「……うん……。でも、今度の学校では…いじめられないように…するって」
もごもごと、下を向いたまま話しているので、声が聞き取りにくい。
「あぁ? もっとちゃんと喋れよ。そんなんじゃあ、絶対に今度の学校でもいじめられるぞ」
「……そんな事……ないように……」
見ていても、イライラする。クラスに居たら、絶対にいじめていただろうな、と思う。
「今までも、いじめられてたんじゃねえの?」
「……え、あぁ……」
困惑したように、瞳が揺れて、ふい、とそらされる。
「やっぱり。お前って、なんか、見てるだけでイライラするタイプだよな」
「……そんな……」
悲しそうに眉がひそめられる。その表情も、なんとも言えず哀れに見える。
もっと悲しませたい。
もっと、いじめたら、どうなるだろう、と思わせられる。
「今まで…。今までの学校では、どんな事されてたんだよ?」
隼人の通っている学校にも、いじめられっこは、いる。いつも要領が悪くて、何をしても遅い。しかも、頭が悪くて担任からも見放されている。
隼人も、いつも、その生徒には鞄を持たせたり、無視をしたりして、遊んでいた。
「……う……ん……」
瑞喜が言いづらそうに緯線を泳がせる。顔が、いままでよりも、ほのかに赤くなっているように見える。
「なんだよ、もったいぶるなよ。
おじさんに、いじめられてるってばらすぞ」
イライラする。いちいち、何をするのにも、間が空くようで、気分が悪い。
「あ…やだ。パパにはばらさないで…」
慌てたように、瑞喜が首をふり、隼人と目を合わせた。
「だったら、言えよ。どんなことしてるんだよ」
「うん……」
瑞喜が言いづらそうに肩をすくめる。隠されると、追求したくなる。
軽い気持ちで聞いたことだったのに、秘密にされると、知りたくなってしまう。
「あ…の…笑わないでね……」
「なんだよ?」
「………」
言いづらそうに、唇を噛んで、視線をきょろきょろと動かしている。
「おちんちん……。ぼく、人のおちんちんを舐めたりしてる……」
言葉に、一瞬、頭が着いていかなかった。
想像していた答えとしては、「鞄持ちをする」とか「無視される」とか「給食の残りを食べさせられる」とか。
「は? おちんちん?」
言葉を確認するように復唱すると、瑞喜の赤い顔が、コクンとうなずいた。
「うん……それで、おしっことか。他の物とか飲んだりするの」
「………」
突然の言葉に、頭が付いていかない。
隼人の反応に、瑞喜が慌てたように隼人のシャツの袖を引っ張る。
「あ……パパには、内緒だよ……」
「……あぁ……」
いちおうはうなずいたけれど、頭の中は混乱している。
瑞喜の口に、性器を入れる。
それは、どんな感覚がするのだろう。クラスの友達と、ふざけて、アダルトビデオなんかを見たことがある。
ああいうことをするのだろうか。
瑞喜の唇の中に、自分の性器を入れたら……。
想像が付かない。どういう感覚がするのだろう。
まだ性経験がまったくない隼人にとっては、無知の世界だ。
次のページへ
HOME