さようならのくに

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口の中に精液が入ってくると、ツンとした苦みがあって。口腔内をピリピリと刺激する。

生臭くて、魚の臓物でも生で食べているような気がしてきていた。

 

何度も吐きそうになったけれど。吐いたりしたら、また、それも「舐めろ」と言われそうなので、我慢して舐め続けた。

口の中を、胃から迫り上がってくる強い酸性の胃液と、精液とが混じり合っていて、たまらなく気分が悪く、頭がクラクラとし始めていた。

「あ……許して……」

掠れた声に、ベッドの方をみると、男が、ベッドヘッドにもたれて座り、座位で、「敬偉」を犯しているような姿が見えた。

「敬偉」の身体はグラグラと揺れていて、白い背中がしなっているのがたまらなく魅力的だった。

ジッと目を離すことが出来ずに見ていると、男がこちらを見て、「ニヤリ」と笑った。

それで、俺は慌てて顔を伏せて、床の精液を必死になめた。

 

でも、さっきまでとは違い、これが、あの白い背中の「敬偉」から出されたモノか…と思うと、なんとなく口の中が、その精液で満たされていくのが。

先ほどよりも、苦痛で亡くなった気がした。

「あ……あぁ……い…イク」

「敬偉」のすこし高い声が響いたので、顔を上げた。

みると、その背中が小刻みに痙攣しているのが分かった。

男の顔は、敬偉の背中に隠れて見えなかったけれど。男も、きっと、また、イッているに違いない…と思った。

だって、それほどに「敬偉」の背中から首のあたり。腰のラインは魅力的に見えたから。

 

電気をうけて、キラキラと光っているようだった。

俺は、男に、「見ている」という事がばれるのが恥ずかしいような気がして、顔を伏せた。

少しして、「あぁ」という「敬偉」の声がして、ベッドの布が擦れ合う音がした。

 

男は、「敬偉」の髪の毛をつかんで、ベッドから引きずり下ろして、また、俺の前に、その身体を置いた。

「敬偉」は恥ずかしそうに目を伏せていたけれど。

下半身のペニスは、濡れていて、また、イッたんだ、ということがわかった。

男は「敬偉のケツの中の精液を綺麗に飲むんだ」といい、「敬偉」の身体を四つん這いにさせて、俺の顔の前に、「敬偉」の白い尻を突き出させた。

男が、「敬偉」の双丘を割り広げると、後孔の窄まりがあり、それが、ヒクヒクと動いていた。

じっくりと目の前にした、男の尻の穴に、俺は一瞬見とれた。その穴は、「敬偉」の呼吸にあわせて動いていて、ドク・ドクと中から泡だった精液をあふれ出していた。

俺は、あまりに生々しい光景に、一瞬、頭がボウっとなりそうになった。

男は、「両手がそのままじゃ、舐めづらいだろう」と言って、後ろ手に縛られていた俺の両手を自由にした。

「それで、こうして、尻たぶを広げて。後孔に口をつけて、中の精液を吸い取るんだ」

男は、俺の髪の毛をつかんで、「敬偉」の尻の割れ目に鼻を押しつけた。

むあっとした独特の臭気に、思わず顔が歪んだけれど。

押し当てられているので、抵抗することができない…。

 

ただ、俺は自由になった手を、おそるおそる「敬偉」の尻たぶにあてて、左右に割り広げて、後孔の窄まりに口を押し当てた。

さっきまで舐めていた精液よりも、キツイ、生々しい精液の匂いがするような気がした。

投げ出したかったけれど。

でも、髪の毛をつかまれているせいで、逃げることが出来ない。

 

それに、男は絶対に、俺が「言うとおりにしないと、許さないぞ」という雰囲気を持っていた。男は、この部屋の中で、絶対的な支配者だった。

 

俺は、「う」と呻いてから、後孔の窄まりに唇をおしあてて、舌を咲き出して、その後孔の穴の中に舌を入れてみた。

「あ……あ……」

最初、その声がどこから起こっているのか分からなかった。

でも、舌を動かして、デロデロと後孔の粘膜をなめているうちに。

尻の穴が、きゅっとすぼまったり、「敬偉」の腰が揺れたりして。

俺の舌の動きが、彼に快感をもたらして居るんだ…ということが分かると、満足感が湧いて出てきた。

まずいはずの精液も。「俺が「敬偉」に快感を与えている」と思うと、なんだかたまらなく嬉しくて。

ズズッと吸い上げていた。

「あぁ、もういい。「敬偉」のケツは美味だろう」

男は「ニタリ」と笑うと、俺の髪の毛をつかんで、「敬偉」から引きはがした。

「あ……」

俺は、突然「敬偉」から引きはがされて、なんだか惜しいような心地になった。

精液はまずくて、吐きそうなのに。

「敬偉」の後孔は独特の匂いがして。それが、最初は嫌だったけれど、ずっとなめていると、鼻が馴れてくるせいか。

もっと匂いたい…というような気分になってくる。

 

だから、「敬偉」を引きはがした男が憎くて、チラと目をあげて、男の方を見た。

男はニタニタとにやついていた。

その笑みが、なんだか尋常じゃない気がして。ゾクッと背筋に悪寒が走ったので、あわてて目をそらした。

 

男は、薬箱みたいなケースから、錠剤が入った瓶を取り出していた。そうして、その中から一錠を取り出すと、俺の髪の毛を引き上げて、鼻をつまんだ。

「あ……う……」

突然の事に動揺して、口を開けてしまった。唇をこじ開けるようにして男の指が入ってきて、舌の上に、錠剤が置かれたみたいだった。そのあと、すぐに、またグラスに入れた水を飲まされて、強引に錠剤を嚥下させられた。

 

何のクスリか分からなくて、気味が悪かったけれど。

瓶の方を見ても、ラベルも何も、貼っていなかった。

 

俺は、男と「敬偉」とを交代交替に見ていたけれど。すこしすると、強烈な睡魔が襲ってきた。

「眠るのが勿体ない」と思ったけれど。

目の前がぼんやりとかすんでいって、津波のような眠気に、身体が引きずられるように。

そのまま、目を閉じてしまった。

最後に、一瞬、「敬偉」の白い顔が見えたのが、印象的だった。

 

×月12日

目がさめると、身体の節々が痛かった。

硬い床の上で寝ているせいだ……ということが分かるまで、少し間があった。

 

今までのことは全部夢で。起きたら、いつもの日常に戻っているかも…と期待していたけれど。

目が覚めると、相変わらず、黄色いスポンジで埋め尽くされた部屋の中に居た。

 

それに、お尻の方が痛くて、呼吸をするのも辛いくらいだった。

こんなにも痛いのに、よく眠れたなぁ…と自分でも思う。きっと、眠る前に男が俺の舌の上においたのが睡眠導入剤か何かだったのだろう。

そうじゃないと、痛くて、到底眠れないと思う。

 

俺は、まだ寝起きでぼんやりとしている頭で、グルリと室内を見回してみた。

男は部屋に居なかった。ただ、ベッドの上には「敬偉」が居るみたいで、規則的な、寝息のような呼吸が聞こえてきていた。

 

俺は、「敬偉」を見たくて、起きあがろうとした。そうして初めて、両手が前で縛られていることに気付いた。足の方は、自由だった。

 

後ろ手に縛られていたときには、肩やら、腕が痛かったけれど。

前で縛られていると、かなり自由度が増すんだなぁ…ということが分かった。起きあがって、「敬偉」の寝ているベッドの方へと近寄った。

 

綺麗なシーツの上に、「敬偉」の白い身体が横たわっていた。こちらに背中を向けていたけれど。そのことが、より、なんだか色っぽく見えた。

それに、その首には犬の首輪みたいなものがつけられていて、ベッドヘッドに結びつけられていた。

 

なだらかな背筋と、白い尻が見えていたから。

俺は、その白い尻をジッとみていると、その尻の中にペニスを入れたときの快感が、頭の中によみがえってくるような気がした。

ギュウッと締め上げられて。

今までに経験したことがない感触だった。でも、それは、とても気持ちがよかった。あんな風に、ペニスを締め上げられる事なんてなかったから。

あれが、セックスというものなのだろうか。だとしたら、それに溺れてしまう、という人の気持ちも、なんとなく分かるような気がした。

今までは、「セックスなんかの何が面白いんだ」とAVを見たりしても思っていたけれど。あんな風に、ペニスをギチギチに締め上げられて、搾り取られるようになるんだったら…。

 

俺は、「敬偉」の白い尻をみているうちに、昨夜…か、どうか分からないけれど。とにかく、寝る前に感じていた快感を思い出して、ジワリジワリと身体が熱くなってきていた。

「あ……う……」

股間が、微かに屹立していた。

俺は、「敬偉」の白い尻を見ながら、自分のペニスを縛られた手で擦ってみた。意外なほどにはやく、それは完全に勃起した。いままでは、自慰をしていても、そんなことはなかったのに。自分の身体の変化が異常な気がした。

けれど、ペニスを擦っていると、快感に頭の中がかすんでくる。

 

俺は、「敬偉」の後孔の締めつけを思い出して、「また、あの中に入れたい」と思った。

両手が縛られていたけれど、前で縛られていたので、俺は両手をベッドの上に置いて、「敬偉」の方に、身体を寄せた。

狭いベッドの上に俺が登ると、ギシとベッドがたゆむ音がした。それに、「敬偉」の背中に、俺の手が触れたから。

「あ…」

「敬偉」の規則的な寝息がとぎれて、が微かに目をあけたのが見えた。

少し濁ったような、黒目勝ちな瞳が開いたのをみると、なんとなく心の中に、満足感が湧いて出てきた。

でも、「敬偉」はふりかえって、俺の顔をみて、ビックリしたように目を開いた。

 

その表情の変化にも、俺はドクンと身体の中が興奮するような気がした。

俺は、縛られた両手を下ろして、「敬偉」の尻たぶを割り広げ、後孔の入り口を指でなぞった。

「ひ……あ……」

「敬偉」は冷たい俺の指から逃げるように腰を動かしたけれど。狭いベッドの上では、逃げ場がない。俺は、「敬偉」の後孔の付近を指でなぞった。

後孔の入り口周辺の、外気にサラされている辺りには、精液が乾いたような、パリパリとした感触があったけれど。

後孔に指を差し入れると、中は、多分、中で放出された精液のせいだろう。じっとりと濡れていて、安易に指を受け入れていった。

「あ……う……駄目……だめだよ……」

「敬偉」は掠れた声を漏らしていたけれど。その声とは逆に、俺の指の刺激に、後孔がキュッとすぼまったりして、中へ。中へと指をいざなっているようだった。

 

「ほ……本当にいけない……」

「敬偉」はそれでも、必死で逃げようとしていた。

けれど、後孔に指をいれて、中をかきまわしているうちに、俺の頭の中に、「敬偉」の後孔にペニスを入れたときの快感が浮かび上がって、戻ってきた。

「あぁ……濡れてる…」

俺は呟いて、自分の下半身を見てみた。俺のペニスは完全に屹立して、敬偉の尻たぶに擦りつけていた。

「あ……あぁ……だめ…」

「敬偉」は呟いていたけれど。顔はジワリジワリと赤らんできていて。「敬偉」も俺の指に、微かに興奮しているらしかった。

 

そんな「敬偉」の様子を見ていると、俺は自分の中の自制心が弾けるような気がした。

「あぁ……いい…」

俺はうめいて、「敬偉」の後孔にペニスの先端を押し当てた。

「だめ……本当に……だめだ……」

敬偉はうなっていたけれど。その言葉とは反対に、後孔はヒクヒクと痙攣して、俺のペニスを、奥へ、奥へ、といざなっていっていた。

「あぁ、気持ちいい……」

ねっとりとした締めつけの感触が心地よかった。

「だめ……あぁ……」

それでも、「敬偉」は呟いていたけれど。覗き込んでみたら、「敬偉」のペニスも屹立していて、シーツに擦り開けていた。

俺は、縛られた手で敬偉の頭をシーツにおしつけ、下半身だけを高く掲げるような姿勢にさせた。

そうすると、より、奥までペニスが入って言っているような気がした。

 

「あぁ……あ……」

また感じている感触に、無我夢中だった。

俺の腰は勝手に揺れて、「敬偉」の中を掻き回していた。「う・う」と鳴くような「敬偉」の声も。俺の快感を助長させていた。

 

俺は、自分の下半身の感覚に飲み込まれるように。激しく腰を動かして、「敬偉」の中のあちこちを擦り上げた。

「ひぃ……あぁ……」

「敬偉」の声にも熱がこもっていた。それに、白い背中がじょじょに赤く染まっていくのが魅力的だった。

「あ……あぁ……」

気が付いたら、頭の中で、パリンと電球がわれたような感触がして。

「あ……あ……出る……」

ペニスの先端から、ドクドクと精液が放出されていのがわかった。「敬偉」も、シーツの上に自分のペニスを擦りつけて、腰を揺らめかせていた。

けれども、俺が中に放出した刺激につられるように、「あ」と彼も小さく声をあげて、シーツの上に、白濁とした液体を垂れ流していた。

 

その光景に、俺もなんだか満足したような心地になった。

ただ、性交に夢中になっていたせいかもしれない。

 

「何をしているんだ」

部屋の中に、男の低い声が響いたときに、はじめて、「ドアを開けて、男が入ってきたんだ」ということに気付いた。

「あ……あ……」

俺は、ベッドの上で、「敬偉」に覆い被さっていたせいで、ドアの方を見ることが出来なかった。ただ、低い男の声に、一瞬からだがこわばった。

「ひ……いた……」

髪の毛が引っ張られる感触がして、「敬偉」の身体から引きはがされた。そうして、ベッドからも引きずり下ろされて、床の上にドンと転がされた。

背中がいたかった。それに、さっきまで、気持ちのいい中にいれられていたペニスが、突然ぬきとられて。

股間で小さくすくみ上がっていた。

見上げたけれど、蛍光灯の光が眩しくて、立っている男の顔は見えなかった。

「敬偉。かわいそうに……。こんなヤツに犯されて。あぁ、可哀想に」

男は、呟いて、ベッドに腰掛けて、「敬偉」の身体を抱き寄せていた。

俺は、ぼんやりと、2人の様子をながめていた。男は、「敬偉」を抱きすくめていたので、表情が見えなかった。ただ、「敬偉」は無表情だったけれど。さっきの俺との性交のせいで、すこしだけ顔があ書くなっていて、目が潤んでいるように見えた。

 

「なんてヤツだ。

 俺のいないうちに、「敬偉」にこんな事をするなんて」

男は「敬偉」から離れて、俺の傍らに膝をついて、俺の髪の毛を掴み上げた。

「う……」

上半身が引っ張り上げられて、苦しかった。

俺は、男の怒気を含んだ声に、部屋の空気が張りつめたような気がした。

 

男は、俺の掴んでいる俺の前髪を、放り投げるように離すと、俺の腹を思い切りよく蹴った。

「うぐ……」

一瞬、何がおこったのか分からなかった。でも、自分の身体が、床の上でズザザザと音をたてて移動し、腹に激痛が走ったことで、腹を蹴られたんだ…ということが分かった。

「敬偉を勝手に犯したりして。なんて節操がないヤツだ。

 動物以下だな」

「う……うぐ……」

男は、なんどか俺の腹を蹴った。

そのせいで、腹部が、真っ赤になっていっていた。苦しくて、吐きそうだったけれど。

その寸前で、男が足をとめた。

 

「そうだ……おしおきが必要だね。勝手に俺の敬偉を犯したりして。

 あぁ、敬偉。可哀想に」

男はベッドに腰掛けて、「敬偉」の髪の毛を撫でていた。

「敬偉」は無表情に、俺が蹴られる様子をジッとみていた。

「敬偉、どんなおしおきがいいかな。

 おしおきだから、苦しい物じないとね」

「………」

「敬偉」はジッとだまっていた。

そうして、男は立ち上がると、部屋から出て行った。

俺は、「おしおき」という言葉が怖くて。ジッと「敬偉」の方を見た。「敬偉」が、どういうおしおきか、言ってくれるかと思って。

だけれども、彼は無表情に、俺の方をみているだけで、何もいわなかった。

 

すこしして、男が部屋に戻ってきた。

 

俺は、男が手にしている物をみて、一瞬、「ひぃ」と声があがってしまった。

 

男が手にしていたのは、電動のこぎりだった。

ホラー映画とかで何度か見たことはあるけれど。でも、生で見るのは初めてだった。

それに、それは、みているだけで恐ろしくて、この部屋には不似合いな物に思えた。

「右手・右足・左手・左足。どれがいい」

男が俺の方を見て呟くように言った。俺は、その言葉の意味が分からなかった。

「な……なに……」

男が近寄ってくると、そのチェーンソーの歯の部分が鈍くくすんで光っているのが見えた。使い込まれているような感じがしていた。俺は「敬偉」の方を見てみたけれど。

彼は顔をそむけて、こちらを見ていなかった。

男は、俺の顔をみて、ニタリと笑った。その笑みは、まるで般若みたいで。俺は背筋がゾッとした。

「どこでもいいのかな。じゃあ、左手からいこう。もう、勝手に「敬偉」を犯したり出来ないように」

男の声は弾んでいた。

 

俺は、意味がわからなくて、ただ、男の方を見ていることしかできなかった。男は一旦、電動のこぎりを床に置くとポケットから布みたいなものを取り出した。

 

そうして、その布を、俺の左肘の上の部分にギュッときつくまきつけて縛った。

俺は、なんとなく「献血」を思い出していた。献血をするときにも看護師がこうして、しっかりと腕を縛り上げるなぁ…。

そんなことを考えていると、男が再び電動のこぎり手に取った。俺は、ウィーンと起動しはじめた音に、びっくりした。

思っていたよりも、音はしなかったけれど。

鋭い刃が、目に見えない早さで回っているのが奇妙だった。

 

「ひ……なに……」

男は、まず、俺の左手をつかんで引っ張り、床の上にべったりと置いた。そうして、その下に、ペットシートのような物を敷いた。

手のひらの指も、広げられた。訳が分からなかったけれど。

「ひ……ひ……」

男の電動のこぎりが、ゆっくりと俺の左手の指に食い込んでいくのをみて、はじめて男の意図が分かった気がした。

それは、いままで、なんとなく察しては居たけれど、分かりたくない…という思いで、遠ざけてきていた考えかもしれなかった。

「や……やめ…やめて……」

「駄目だよ。これは罰だ」

男の声は静かだった。

俺は、ジッと目を大きく開けて、ただ、男の電動のこぎりが動くのを見ているしかなかった。

「ひ……ひ……」

みていると、溜まらなく痛いような気がする。でも、逆に、痛すぎて、まったく痛くないような気もする。自分の中で、いろいろな考えがない交ぜになっていて、訳が分からなかった。

男の電動のこぎりが指に食い込んでいって。

ポロンポロンと左手の指が手から切り離されて、床の上に転がっていった。

「あ……いた……ひぃぃぃ……」

ギリギリと音がしていた。何の音だろう…とおもうと、自分が歯を噛みしめている音だということに気付いた。

痛すぎて、耐えられなくて、歯をギリギリと噛んでいる。

床の上に転がった五本の指の中から、中指を男が取り上げて、手のひらに載せていた。

そうして、俺の顔の傍までそれをもってくると「ウィンナーみたいだろう」と笑った。

俺は、それが自分の手から切り離された指だ、という実感がわかなかった。

ただ、男が愉快そうに笑っているのがなんだか薄気味が悪くて。冷や汗がじっとりと全身に浮き出ているのが分かった。

「敬偉、敬偉。

 見てごらん。ほら。ウィンナーみたいだ」

「敬偉」が、男の声に、顔をこちらに向けた。その顔は青ざめていた。

それをみて、はじめてなんだか、事の重大さが分かったような気がしたけれど。でも、身体を男に押さえ込まれていて、どう抵抗することも出来なかった。

「敬偉」は黙って、男が手にしている「俺の指」を見ていた。

 

男は指をまとめて置くと、またね電動のこぎりに手をかけて、スイッチを入れた。

俺は、抵抗しようか…と思ったけれど。背中から男に押さえ込まれていて、どう足掻いても無駄な抵抗のように思えたし。

それに、痛みのせいで、頭が鈍くなっていた。

「さぁ、本番だ」

男は歌うように言っていた。そうして、みていると、左手の肘の辺りに、電動のこぎりが押し当てられた。

「ひぃ……やめ……ひぃぃぃ…………」

俺は左手の肘の上がきつく縛りあげられている理由が分かった。

血止めのためだ……。この男は、俺の左手の肘から下を切断するつもりなんだ…。

 

恐ろしい想像に、背筋をゾッと悪寒がはしり、喉の奥から「ひぃ」と勝手に声が出た。

「や……やめ……あ…あ…」

左手だけが、燃えているようだった。それが、痛みだ…とわかるまでに時間がかかった。

ただ、「やめて」とどんなにいっても、ジワリジワリと刃が食い込んできていた。男は馴れているらしく、電動のこぎりの刃の角度を変えたりしていた。

「あ……あ……」

俺は、声を上げることが出来なかった。ただ、歯を食いしばっているギリギリという音と、たまに漏れてしまう「ひぃひぃ」という悲鳴。それに、身体の感覚の全てが、左手の肘に集中してしまっている気がした。

「あ、こいつ、漏らしやがった」

電動のこぎりの刃が、半分以上俺の肘に食い込んでいっていた。

男の言葉で、俺は「あぁ、漏らしたのか…」とはじめて気付いた。そう思うと、たしかに。股間のあたりが濡れているような気がする。ペットシートの上に血が広がっていっていたけれど。それはすぐにシートに吸収されて、どす黒い色になっていた。

「うぐ……うぐぐ……」

俺は、目を離すことが出来なかった。でも、あまりの痛みのせいで、時折、目がチカチカとして、意識が遠く飛びそうになった。そのたびに、男が刃の角度を変えて、俺の遠ざかりそうな意識を呼び戻す。

いっそ意識を失いたいのに。男は、俺の顔が苦痛に歪んでいるのが滑稽なのか。ニヤニヤと笑っていた。

刃がどんどんと食い込んでいって。

「あぁ、ほら、切れた」

男の声とともに。

左手の肘から下が、コロンとペットシートの上に転がり落ちた。

「あ……」

それを見た瞬間。

ポンと背中を叩かれるような気がして、意識が遠のいた。

目の前が、瞬間的に真っ赤になったように見えた。

 

 

「おい、起きろ。しっかりしろ」

額が痛かった。髪の毛をつかんで、何度も床に打ち付けられて居るんだ…ということに気付くまで。少し時間がかかった。

 

随分と長く意識を失っていたような気もするけれど。

左手から、まだ血がでているし。電動のこぎりの刃の血も乾いていない。それで、自分が意識を失っていたのは、ほんの一瞬なんだ…ということが分かった。

 

「綺麗に切れただろう。ほら、見てみろよ。お前の「元・左手」だぞ」

男の声は、愉快そうだった。

そうして、左手の断面を、俺の顔の前に見せつけるように差しだしていた。けれども、俺は、見ても実感が湧かなかった。

ただ、赤く肉が盛り上がっていて、中心に白い…というか、黄色っぽくて白い骨みたいな物がある。

 

その周囲の赤い肉には、血管とか神経だとかがあるみたいだけれど。俺は知識がないので、全部だタダの肉に見えた。

 

男は、俺の髪の毛をつかんで、俺が失禁した辺りに顔を移動させた。まだ、左手の肘から血がでていたので、敷いているペットシートも一緒に移動させていた。

「ほら、自分が出したおしっこだ。きちんと舐めなさい」

男の言葉は弾んでいた。

俺は、アンモニア臭がする自分の尿だまりを、舌を出して、唇を押し当て、吸い上げた。

舌がピリピリしたけれど、そんなものよりも、左手が燃えているみたいで。そちらの方に神経が集中してしまっていて、口の中の味やくさみはあまり気にならなかった。

 

男は、薬箱から何かを取り出して、黄色いパウダーみたいなものを俺の襞の腕の傷口に振りかけていた。

でも、そのパウダーも一瞬で赤色に染まっていく。男は俺の左肘より上をしばっている布切れを、きゅっときつく締め直してから、傷口部分にガーゼみたいなものをあてて、ビニル袋をかかぶせて、輪ゴムで止めた。

ビニル袋の中のガーゼも。じわりじわりと鈍い赤色に染まっていっていた。

 

男は、俺がおしっこを舐めているのを見てから、左手と転がっていた指を拾い上げて、いったん部屋から出て行った。俺は、おしっこを舐めながら、「なんだか、全部、夢みたいだ」と思っていた。

自分のなくなった左手をみていると、フワフワとした気持ちで、現実感がなかった。

でも、口の中のヒリヒリとするおしっこの味に。これが「現実だ」ということを知らされているような気がしていた。

 

「敬偉」はだまって、ベッドの上に居た。だから、顔を見ることは出来なかったけれど。俺は、おしっこをすすり終えても、床を舐めていた。

そうしていないと、左手の方に神経がいってしまいそうで。そうなると、自分が狂ってしまいそうなのが怖かった。

 

少しして、男がトレイを持って、部屋に入ってきた。

 

「晩飯だぞ」

男の持ってきたトレイの上には皿が2つ載っていた。男は、俺の顔の前に、一つの皿を置いた。みてみると、ビーフシチューみたいだった。

男は俺の右手にスプーンを持たせて、「さぁ、食えよ」と言った。這いつくばったまま、スプーンで食うのは難儀したけれど。食い始めると、空腹だった…と言うことに気付いて、がむしゃらに食った。

男は、ベッドにすわり、盆を腿の上において、「敬偉」の身体を起こしてベッドの上に座らせていた。

「敬偉」は両手首を縛られているので。一さじ一さじ、男が食わせていた。

その仕草は、まるで、幼い子供を慈しんでしているように見えた。俺は、少し気持ちがささくれ立つような気がした。

自分は、こうして、床に転がされているのに、ベッドの上の「敬偉」はあんなにも男に大切にされている。

俺は、右手だけで這いつくばっているから、シチューをくうのも大変なのに…。

 

それでも、空腹に流されるようにして、必死で悔い続けていると、ふと、シチューの中に、変なものが見えた。

キラッと光を反射して。最初は変なものが混入して居るんだろうか…と思ったけれど。

 

じぃっとよくよくみてみた。

「ひぃ……ひぃぃぃ……」

ソレが何かわかると、口から勝手に声が漏れ出た。

光を反射した異物は、第一関節より上くらいの指先だった。シチューの中に、爪をもった指先が一欠片だけ混じっている。

「ひ……ひ……」

俺の声に、男はこちらの方をみて、ニタリと笑った。

「あぁ、指先が混じっていたんだね。綺麗に取り除いたと思っていたんだけど。

 でも、どうだい? 自分の左手のシチューの味は」

男の言葉が、一瞬理解できなかったけれど。

シチューに混じっている肉塊。

それらが、全部自分の左手の物なのだろう…とおもうと、気持ちが悪くなってきた。

茶色いビーフシチューが、赤黒い血で染まった液体のように見えてきた。

俺は、シチューの皿に浮いている指先をみつめていいると、吐き気がこみ上げてきた。

でも、がまんしなくては…。

吐いたら、また、きっと、男に「吐瀉物を舐めろ」と言われるに決まっている。

「うぐ……うぐぐ……」

俺は必死で吐き気を我慢した。

口の中にせりあがってくる胃液を飲み込んだ。

男はそんな俺の様子をだまって見下ろしていて「全部食えよ」と言って、すこし腰をかがめて、俺の皿から、爪のついた指先だけをとりだして、ゴミ箱に捨てた。

俺の瞼の裏には、その指先がいつまでたってもこびりついていた。

ベッドの方を見上げると、「敬偉」は黙って、無表情でシチューを食べていた。

俺の、この左手だと言うことが分かっていても、何も思わないのだろうか…。

 

俺は、なんだか今までは「綺麗だ」とおもっていた「敬偉」の顔が。たまらなく恐ろしく感じた。無表情なだけに、人間とは思えないような気がしてきた。

「よしよし。全部食ったね」

男の言葉で、「敬偉」が「俺の左手のシチュー」を全部食ったんだ…ということが分かった。

男は、ふと、こちらに視線をやった。

「なんだ? まだ少ししか食えて居ないじゃないか…。さっさと食えよ」

「う……」

男は、俺の背中を、蹴るように踏んづけた。それで、少しだけスプーンをつかって、口に運ぼうとしたけれど。どうしても気持ちが悪し、血の臭いがするような気がして。

鼻の先までスプーンが来ると、それを取り落としてしまった。

「あぁ……」

俺が、そうしてまごついているのを見て、男が盆を床の上に置いて、焦れたように俺の後頭部の髪の毛をつかんだ。

そうして、シチューの入った皿の中に、顔を沈められた。

「うぐ……うぐぐ……」

息をしようと口をあけると、どうしてもシチューが入ってくる。鼻からも、そのドロリとした液体が入ってきて、苦しかった。

「あ……あぐ……」

「ほら、まだ残っている」

男はいったん俺の顔を引き上げてから、また、その皿の中に、俺の顔を浸した。

一瞬、息を吸うことが出来たけれど。また、シチューが勝手に口にはいってくる。

気味が悪くて、口の中かシチューで満たされるのがたまらなかった。

 

それでも、そういうことを何度かくりかえされているうちに、皿のシチューはどんどんと減っていっていた。そうして、俺はシチューが食道をとおって、胃まで嚥下していっている…という事実が。たまらなく気持ち悪かった。

涙が出たし、胃が、拒否しようと、グルグルと鳴っている気がした。

「あぁ、だいぶと食ったな」

男の声が聞こえて、後頭部の髪の毛が離された。そのせいで、ドサリと床の上に顔が落とされた。シチューの皿の中は、ほとんど空になっていた。俺は、自分がくったんだ…と思うと、なんだかしんじられなかった。ただ、口の中に歯の隙間に微かに肉の欠片が挟まっている気がして。

それが、自分の左手の肉だ…とおもうと、気味が悪かった。

男はタオルで、シチューまみれの俺の顔を拭くと、満足そうにニタニタと笑いながら、「これをのめ」といくつか、錠剤のようなものを差しだした。

 

俺はよく分からなかったけれど。言われたとおりに口にいれて、嚥下した。

男は、目をほそめて俺の様子をみると、満足そうに笑って、トレイを持って、部屋を出て行った。

 

左手が燃えるように熱いのに。少ししたら、たまらない眠気が襲ってきた。

 

さっき飲んだのは、睡眠導入剤だったのだろうか…。ぼんやりとした頭で考えたけれど、眠気の方が強烈で、何も考えられなかった。

 

ただ、俺は、ビニールでつつまれた左手を見ていた。

これから、どうなるんだろうか…と思った。左手はも戻らないのかな…。

魔法みたいに、気が付いたら全部夢で、俺は自分の安いアパートの布団の上で寝て居るんじゃないかな。

 

そういう事を考えているうちに、意識が遠のいて、どんよりとした眠気に、身を任せた。

 

  


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