賭けた男
(1)

日を増す事に。満と耕平の関係は濃厚になっていっていた。

満が「これは当たり前の事なんですよ。みんながしていることなんです」といえば、耕平は逆らわなかった。

 

それは、彼が今までずっと入院をしてきていて、「周囲の同年代の人間と違う」というコンプレックスが有ったせいかもしれない。

 

「当たり前」という言葉を口にすると、もう、彼があがらうことはほとんど無かった。

だから、買い占めた淫具を毎日のように使用して、彼を犯し続けていた。

 

満も、最初はただの「興味」だった気がする。この、「全く無知」な青年に、ちがった常識を教え込ませたらどうなるのだろうか。それと同時に、自分の秘めた欲望もみたされるのではないのだうか…。

ただ、そうして淫行を繰りかえしていくにつれて、満の心の中に「興味」だけでないなにかが芽生えはじめていた。

 

耕平には、自分しか頼ることが出来る人というのが居ないのだ。

彼は完全に外界から切り離されて、この家の中しか知らない。

そのことが、奇妙に満の心を満たしていた。そう、このままずっと「耕平」は自分だけのものなのだ。

 

自然と、耕平の部屋に行く回数も増えていっていた。

だからといって、本業の小説の方が進まないのか、といえば、それはむしろ逆で。

不思議なほどに、筆もすすんだ。そう、早く仕事を切り上げて、耕平の部屋に行き、彼の身体を耽溺したい…。耕平との時間を、すこしでも長く作りたい…。

ただ、そのことに必死になっていた。

 

「あ……あぁ……」

耕平も、満の訪問を拒まなかった。

むしろ、何度も何度も繰りかえして淫行をしているにつれて。彼の身体もだんだんと快感に花開いてきているような気がした。

そう、少しペニスに触れただけでそれが勃起していく。

催淫剤などを飲ませたら、彼は必死で自分の尻の双丘を割り広げて「あぁ……お…おちんちんを入れて……イレで」などとないた。

お互いに、部屋で身体を貪り合う時間が、徐徐に増えてきているように感じた。

 

「あなた…。少し変わったわ…」

だから、花菜にそう言われたとき、満は一瞬ドキリとした。花菜は薄い生地のシルクのパジャマを着て、寝室の鏡に向かって自分の髪の毛をとかしながら、そう呟いていた。満はベッドに腰かけて、そんな花菜の様子を背中からみていたけれど。

 

花菜の乳首が、薄いパジャマに透けて見えているのが、鏡越しに見えていた。それは、明らかな、彼女からの「誘惑」に思えたけれど。

もう、耕平との快感を知ってしまった満にとっては、その「誘惑」はただ面倒で億劫なものになっていた。花菜は口にだして迫ってくることはない。それは、彼女がお嬢様育ちで、女性の方から、そういう「誘惑」の言葉を吐くのは、とても淫らで低俗な事、と考えているせいであった。

だから、そうして薄いパジャマ越しに自分の乳房を見せることが、彼女の精一杯の「誘惑」だったに違いない。

 

しかし、満はその「遠回しな誘惑」がなんだか鼻につくように感じた。

耕平は赤裸々な言葉を口にして、自分を誘ってくる。あの強烈な快感を知ってしまった今となっては、とても花菜を抱く気にはなれなかった。

 

「そんなことないだろう」

満は読んでいた本をベッドサイドのテーブルに置いて、花菜の「誘惑」を無視するようにベッドにもぐった。

花菜はしばらく髪の毛をとかし続けていた。それは、夫が背後から自分を抱きしめてくれるのを待っているように感じた。花菜は無意味な行動を続けている。満は布団で目を閉じて眠ろう…と思っても、花菜が髪の毛をとかし続けている気配を感じると、なんだか苛々として、なかなか眠ることが出来なかった。

 

花菜は、ようやく「夫が自分を抱きしめに来くる事」を諦めたのか。櫛をおいて、セミダブルのベッドを2つ密着させて、ダブルベッドのようにしているベッドの中に潜り込んできた。布団がめくられた瞬間。ひんやりとした冷たい空気が満の肌に触れた。

それは、花菜の「冷たい夫」に対する非難のように感じた。

「変わったわ……。耕平さんが来てから…」

花菜は、もう一度ポツリとそう呟いた。

しかし、その声は先ほどとは違って、小さな声ではあったけれど、奇妙に鋭い響きを持っていた。

満は「気のせいだよ」と言おうか…と思ったけれど。その花菜の声音があまりにも鋭く鋭利だったので。反論を述べることが出来なかった。ただ黙って、眠っているふりをした。

そんな満を、花菜がジッとみている。痛い視線を感じながら。満は目を閉じた。

 

しかし、花菜がそういうのも無理はないような気がしていた。

食事の時にも、満は耕平の隣に座るのが定位置になっていた。そうして、いちいち耕平に切り分けた食事を食べさせる。花菜はいつもその様子をジッと睨むように見ていた。

 

「しょうがないだろう。耕平さんは、いままでほとんど栄養分は点滴でとっていて、「食事」というのに馴れていないんだよ。特に、ナイフやフォークの使い方もちぐはぐだし。箸使いもおぼつかない。だから、ああして食べさせてあげるのが早いんだよ」

 

満がどんなにそう言っても、花菜は「それだけじゃないの…。それだけじゃ…」と少し非難するような視線を向けてきていた。

 

たしかに、満にとって、最近は花菜との性交がひどく負担になってきていた。

「耕平」という快楽を知ってしまったからかも知れない。

 

花菜の「貴方、変わったわ…」という指摘を受けると、満も彼女の「誘惑」のうち、3回に1回程度は、それに答えるようにしていた。

ただ、花菜を義務的に抱きながらも、頭の中では耕平の白い身体を想像していた。そうして、今、自分の身体の下にいるのは「耕平」だと思いこもう…と必死でもがいて、花菜を抱いていた。花菜は第六感でそのことをなんとなく察知しているのかもしれない。

 

満は「慎重にしなければ…。花菜に知られないためにも」とは思ったけれど、やはり耕平との淫行を止めることは出来そうになかった。

 

最近では大きなバイブを入れて、さらに自分のペニスも入れる…などという激しい性交をしていた。耕平の後孔が裂けて、血がドクドクとあふれだして、白いシーツに垂れていく。

「痛い……いたい……いたいよぅ……」

泣きながらも、そう言う行為に快感を感じ始めてきている耕平の身体に。

満はとても満足感を感じていた。そう、耕平の身体を、「こんなにも快感を感じ身体」に作り替えたのは自分なのだ。

 

今や、耕平は乳首をつままれただけ。ペニスをなぞられただけで喘ぎ声を上げる。快感に敏感で、貪欲になっていた。

それは17歳という若さ故かも知れないけれど。その柔軟さにも、満は魅入られていた。

いや、それ以上に強烈な感情がわき起こってきている気がした。

そう、耕平を誰にも見せたくない。いつまでもいつまでも、こうして自分の手の中だけで閉じこめておきたい。あぁ、「カゴの鳥」のように。耕平を覆い尽くす「カゴ」があればいのに…と思った。

 

ただ、やはり耕平は17歳の青年だった。

「なぁ、外に出てみたい…。昔はいつも病院に押し込められていて、なかなか外に出ることが出来なかった。家と病院の往復ばかりで…。テレビなんかで、「新宿」とか「渋谷」なんかを見ると、本当にあんなにも人がいるんだろうか…と思っていた」

耕平にそう言われたとき、満はドキリとした。

「それに……」

耕平は淫行を終えた身体を気怠げに立ち上げて、窓際へと行った。

そこから見下ろすと、ちようど「道」が見えていた。今は中途半端な昼間の時間なので、行き交う人も少ない。

耕平は、その道を見下ろしていた。

「この道は通学路なんだろう。毎朝、見下ろしていたら、僕に気が付いて手を振ってくれる学生がいるんだ。毎朝・それと、たまに下校時間の時に。こうしてみていたら、ぼくに手を振ってくれる。彼はきっと学生なんだろうね。高校というのはどういう所なのかな…。

彼に聞いてみたいなぁ」

耕平の言葉に、満はドキンと胸を掴まれたような気がした。そうして、胸の奥から、沸々と何かが湧いて出てきて、ひどく心をかき乱していた。

「手を振る……学生? 毎朝?

「あぁ。朝食を終えて、ここの窓からぼんやりと外を眺めていたら…。最初はただ制服を着て、歩いていって居る学生達を見ているだけだったんだけど。その中の1人が、僕が見下ろしていることに気が付いて…。手を振ってくれるようになったんだ。

 だから、ぼくも振り返す。そうすると、彼はにっこりとわらって、道をあるいていく。

 彼はきっと高校生なんだろうね。この道の向こうに高校があるんだろうね。一度、話を聞いてみたいなぁ…とおもっているんだ」

満はその言葉を聞きながら、ギリギリと歯を食いしばっていた。

それは、明らかな「嫉妬」だった。いままで、耕平は自分のカゴの中におさめていたと思っていたのに。知らぬ間に、耕平がそのカゴの隙間から飛び立とうとしている。

いや、自分だけが見つめているとおもっていた、そのカゴを、他の誰かも見ていたのだ。満が知らない男が、満の死角になっている方からカゴを覗いている。満の頭の中で、その「学生」は真っ黒に塗りつぶされた顔をもって想像された。そうすると、満の心は、より激しく乱れた。

 

「そんな学生が居たんですか? じゃあ、せっかくだから、家に招いてあげましょうか」

満は、できるだけ平静を装って、耕平の横にたって、窓から外を眺めた。

「あぁ、そうできるんだったら、ぜひそうして欲しい…。話を聞いてみたい」

満は耕平の横顔を見つめながら。自分の心がまるで豪雨が打ち付けている海のように荒れているのを感じた。

 

ただ、耕平にその「乱れた気持」をぶつけることは出来なかった。彼にどんなひどい淫行などをしても、それはすべて「快楽」のため。本当に耕平を傷付けたり、非難することはできなかった。

そう、彼を愛しすぎている…。

満は改めて自分の心を実感した。

 

あの、色が白くて華奢で。傲慢だけれど無知で無垢な青年を。心から愛している。それ故に、嫉妬は激しく深かった。

 

満は、その苛立ちの矛先を、花菜に向けた。

花菜は相変わらず「貴方はかわった」と毎日のように言っていた。その言葉も。べったりと自分を非難するような粘着質な言葉も。全てが不快に感じた。

「あぁ、うるさい!! お前はうるさい!! 私は作家なんだ。書いている物によって、行動が変わったり、気持に波がでて、当然だろう」

「違うわ!! 小説のせいじゃないわ。いままで貴方はどんな作品を書いても、こんなに変わることはなかった。

 そうよ、全部、あの耕平さんのせいなのよ!! 彼が来てから、この家も、貴方も、すっかり変わってしまったわ!!

花菜は大声をあげて、満にむかって、ヘアブラシを投げつけてきた。

それが、額にあたると、満はいままで堪えていた苛々が、一気に胸の奥から煮沸してくるような気がした。

「うるさい!! うるさいと言っているだろう」

気が付けば、満は鏡台にむかっている花菜の首を掴んでいた。

「ひ……」

花菜の短い悲鳴が聞こえる。

そのまま首をつかんで床に引きずり倒し、彼女の身体に馬乗りになって、首を絞めていた。

「あぁ……うるさい……うるさい」

「ひ……ひ……ひぃ」

花菜の満を非難する言葉は止んだけれど。

手に力をこめると、花菜の口から、だらりと唾液が流れた。それを見て、満はハッとなり、あわてて花菜の首を絞めていた手を離した。

「あ……あぁ……あ……」

花菜はしばらくゴホゴホと咳き込んでいた。満は、自分が今していたことが信じられなくて、呆然と自分の両手を眺めていた。

そう、まさか自分が花菜の首を絞めるだなんて…。あぁ、嫉妬故に心が乱れて、制御が出来なくなってきている…。

そう思うと、自分の身体が、ただ「嫉妬」に乗っ取られているようで、ゾッとした。

「あ……あ」

花菜は呼吸を整えてから、身体を起こして床に座り、きつい目で満の方を睨み付けてきた。

「あぁ……あなた……私を殺す気ね……。そうして、耕平さんと2人きりになる気なんでしょう」

花菜の言葉は甲高く、耳をつんざくようだった。

「でも……でも、そんなことはさせないわよ!! 貴方は私の夫なのよ!! 貴方に殺されるくらいだったら、私が耕平さんを殺してやる!! そうよ!! 耕平さんさえ居なくなればいいのよ!!

花菜が立ちあがって、鏡台から裁ちばさみを取りだし、手に握っていた。

「ま……待て……待て。花菜」

満はあわてて必死で彼女の足をつかんだ。

「あ」

そのはずみで、彼女は床に転がった。その瞬間、はさみも遠くに投げ出された。

「お…落ち着け…。花菜。悪かった。俺も、本当に花菜を殺すつもりなんかなかったんだ。ただ、お前があまりにも繰り返し繰り返しうるさいから。愛している。君を愛しているよ」

満は花菜の瞳を覗き込んで、必死でそう言葉をつづったけれど。花菜の目は、もうすでに濁っていた。

「許せない…許せないわ…。耕平さんが…。あなたを奪って……」

花菜はギリギリと歯を食いしばっていた。唾液が頬をつたっても、彼女は表情を変えなかった。「凶人だ…」と満は思った。花菜は嫉妬故に狂ってしまった。

しかし、その姿を見ていると、自分を見ているような気もしてきた。

 

自分も、耕平が手を振るという高校生に激しく嫉妬をしている…。自分も、花菜のようになってしまうんだろうか…。ゾッと悪寒が背筋を這い上がってきた。

 

花菜はギリギリと歯を食いしばらせながら「あぁ、くやしいくやしい」と涙を流していた。満の耳に、いつまでもその声が貼り付いていた。

 

満は、その翌日に耕平の部屋に鍵をつけてもらった。

それは花菜が彼を殺しに行かないように…というものだった。

 

花菜は、すっかり心を乱していて、部屋から出ることがなくなった。ただ、ぼそぼそと「悔しい…悔しい」と繰りかえしている。

真知子に頼んで、花菜の食事は部屋に運んで貰うようにした。

 

満は相変わらずに、ダイニングで耕平の横について、食事をたべさせていた。花菜が不在となったことに「どうしたんだ? 」と言ったけれど、満が「ちょっと具合が悪いようだ…」と言うと、「ふぅん」と言うだけで、さして興味がなさそうだった。

 

満は、早速、食事を終えたあと耕平の部屋に、その「手を振る青年」というのを見に行った。たしかに、窓の下は通学路になっているらしくて、同じ制服を着た、沢山の高校生達が歩いて行っている。満には、どの生徒も同じように見えた。

「あ、彼だ!!

しばらく見続けていると、耕平がそう声をあげた。そうして、嬉しそうに笑って、窓の外に手を振った。彼の視線の先を見てみると。たしかに、顔の調った、利発そうな青年がこちらを見上げて、手を振っていた。それは、ほんの数秒の事だった。

しかし、満には、その「ほんの数秒」のことがぐっさりと深く心に突き刺さった。

 

自分だけのものだった耕平が、あの青年に奪われてしまう…。そんな気がした。

「な、彼と一度話してみたい…」

耕平はそう呟いた。

満はその呟きを聞くと、自分の平静な気持ちがどこかに飛んでいったように思った。

気が付けば、駆けだして玄関のドアをあけ、その道を歩いて行っているおびただしい高校生の中から、先ほどの彼の背を追って、腕を掴んでいた。

「あ……君」

「え」

突然腕を掴まれたその青年は、びっくりしたように満を見返していた。

青年の顔は、窓から眺めていたときよりも、ずっと整っているように見えた。ただ、かすかに高校生故の青臭さもかんじた。

この男が、自分から耕平を奪おうとしている…。そう考えると、掴んでいる手に、どうしても力がこもってしまった。

「なんですか?

青年が不快そうに眉をよせたので、ようやく満もハッとなって手を離した。

「わ……私は、あの家のものだけれど。毎朝、君が手を振っている青年が居るだろう。彼が、どうしても、君と話してみたい…と言うから」

自分から「不審者」と思われる…という危惧から、一気にそうまくし立てた。すると、彼はチラと満の家の方に目をやって、「あぁ……」と頷いた。

「あの家の……。そうですか…」

彼が頷いたので、満は「あ、あぁ」となんとか頷いた。

「まるで飾り窓みたいに。ずいぶんとキレイな人だな…と思っていたんですよ」

青年はまっすぐな瞳で、満にそう言ってきた。

その言葉に、満は自分の胸の中が、また激しく乱されているように感じた。まるで、この青年と耕平が「相思相愛」であるかのように。「嫉妬」に任せられるままに、この青年に飛びかかって、その首を締め上げたい…というような思いに駆られた。

しかし、ゴクンと唾をのみこむことで、満は平静な表情を保ち、青年ににっこりとほほえみかけた。

「だったら、帰りでも構わないから。一度、我が家に寄ってくれないかな。彼が、君と話がしたい…と言っているからね」

「あぁ……そうですか……。だったら、今日の帰りにでも寄りましょうか?

青年は軽く頷いて、本当に些細なことを引き受けるように言った。

満にとっては、この青年の「出現」が、自分と耕平との関係のバランスを崩す物かも知れない。そういう大きな危惧があるのに。この青年は、まるで「ちょっとした用事」を頼まれたように軽く頷いている。そう、この青年にとって、「帰りにちょっとどこかに立ち寄る」くらいたいしたことがないのだ。

 

「あぁ、だったら、ぜひ。お願いするよ。待っているから」

満は「待っているから」という言葉の1文字1文字に力をいれて言い、青年をジッと見た。

「わかりました」

そういうと、青年は身をひるがえして、学生の群の中に戻っていった。ただ、満は、いつまでもいつまでも。その青年の後ろ姿から目をそらすことが出来なかった。

ただひたすらに、ジッと青年の黒い学生服の背中を見つめて立っていた。

 

青年は約束通り。

午後5時過ぎに家のベルを鳴らした。

あらかじめ言っておいたので、真知子は青年をリビングに通して、茶と菓子を出した。満は耕平に「今日の帰りに寄ってくれるそうです」と言っておいた。

耕平が「ありがとう。楽しみだ」とはしゃいだ声をあげているのを聞くと、満の心はより乱された。

 

青年が来たと知ると耕平は踊るように軽やかな足取りで、リビングへと降りていった。

青年は「伊原 龍渡」と名乗った。伊原が「17歳で、高校二年生です」というと、耕平ははしゃいで、「僕と同じ歳だ。ね、満」と隣に座っている満の腕を握った。

伊原は、満が華奢なので、同じ歳だと聞くとびっくりした様子だった。

「だったら高校はどこですか?

「僕は、身体が弱いから、高校には行っていないんだ…。でも、勉強はしていたよ。病室で、通信講座をとっていたんだ」

「通信講座!! いまどき、そんなことをやっている会社ある? 普通、もうタブレットでオンライン授業が当たり前だろう」

青年は同じ歳とわかったせいか、くだけた口調でそういい、鞄からタブレットを取りだした。耕平は興味深そうにそれを見ていたけれど、その中に映像が浮かび上がると、「わぁ」と声をあげた。

伊原は、そのタブレットに数学の授業の様子を映し出していた。

いままで、耕平には「不要だから」とおもい、タブレットも与えていなかった。だから、彼は目をキラキラとさせて、伊原の手元を見つめていた。その視線に、自分が激しく嫉妬しているのを感じていた。

「すごいね」

耕平は、満のほうを振り返ってそう言ったけれど。

そのあとはずっと、伊原と顔を寄せて、そのタブレットに見入っていた。

その様子をみていると、満の心の奥底で、どんどんと淀んだ気持が、グツグツと煮沸してきているように感じた。

 

伊原と耕平は、しばらくそうして一つのタブレットを覗き込んでいた。それから、楽しそうに色々な話をしていた。満は、ただジッと耕平の赤い唇が動くのを見ていた。

そこから言葉が吐き出されると、化学反応が起きたように、リビングに笑い声が響く。

満には、その「苦痛の時間」が随分と長く感じられた。しかし、実際に時計をみてみると、ほんの1時間程度だった。

「また来るよ。そうだ、メアドを交換しよう」

伊原はポケットからiPhoneを取りだした。首を傾げる耕平をみて、満は反射的に素早く、「あ、耕平さんはスマホを持っていないから、私と交換しておこう」と自分のiPhoneをとりだした。

伊原は耕平の方をチラとみて、「スマホも持っていないのか」といいたそうな顔をしていたけれど。満が「ほら、これが私の携帯アドレスだ」と話しかけると、彼はグッと言葉を飲み込んだようだった。

「これからも、できるだけ立ち寄ってくれたらいい。耕平さんも、同世代の人と話せて、とても嬉しいようだ…」

満は伊原を玄関口まで見送るときに、そう言った。

「でも、病気していたとはいえ、随分と変わっていますね。何も知らなくて、まるで小さな子供と話して居るみたいだ。面白いですよ。明日も、また来ます」

満は青年の言葉に胸がグッと掴まれたように思った。それは苦しい嫉妬だった。

伊原をみおくってリビングに戻ると、耕平はすぐに満の方へ寄ってきた。

「楽しかった。最近の高校生っていうのは、僕が病気をしていたときとは随分と違うんだね…。彼と話していると、なんだか自分も「高校生」みたいな気がしてくる。ずっと、「高校生」に憧れていたんだ」

その言葉は、満の嫉妬を激しく煽った。

 

だから、その夜は満はことさらに耕平を虐めた。

ペニスの根本をぎっちりと紐でくくりつけて、両手を後ろ手に縛り上げた。

その状態で、催淫作用のあるクスリを飲ませた。そうして後孔に太いバイブを入れると、彼は声をあげて泣いた。

「ひぃ……ひぃ」

苦しそうに息を荒げながら、ベッドの上でシャクトリ虫のようにうつ伏せた身体を揺らしている。満はベッドサイドの椅子に座って、その様子を眺めていた。

「許して……許して」と耕平が泣いている声が、まるで「伊原という青年を好きなことを許して」と言っているように聞こえて、より、胸がかき乱されるだけだった。

そう、今は完全に耕平を支配しているのは自分なのに。どこか、耕平の心の中に、「伊原」が残っているような気がする。あぁ、それを払拭したい。

耕平の頭の中を、ただ快楽と満だけで満たして。「伊原」の事など、忘れ去らせたい…。

「駄目ですよ。あぁ、バイブを入れられて、こんなにもペニスを大きくして。そんなにも気持がいいですか?

「あ……あぁ……」

耕平の唇からヨダレが垂れていた。

「じゃあ、俺も、耕平さんのお尻にオチンチンをいれようかな…。あぁ、貴方をみているだけで、ほら。私のオチンチンもこんなになってしまいましたよ」

「あ…」

耕平の顔の前に、勃起した時分のペニスを突きつけると、彼はゴクンと唾を飲み込んだ。

「で……でも、いたい……いたい……」

そう、バイブとペニスを一緒に入れられたときの痛みを彼は知っている。

後孔が裂けて、血がでて。でも、催淫剤のせいで、耕平は快感を感じ続けるに違いない…ということも分かっていた。

「痛いだけじゃないでしょう…。ほら、入れていきますよ」

「あ……あぁ」

満はベッドの上に身体を移動させて、ズボンをズリ押し、勃起したペニスを剥きだしにした。そうして、耕平の後孔に。ぴったりとペニスを押し当てて、バイブとの隙間を探った。

バイブがおおきすぎるせいで、ペニスの先端がすべって、なかなか中に押し入れることが出来なかった。ただ、ブルブルと震えているバイブの振動をペニスの先端に感じながら。後孔の隙間を探ることも、満にとっては快感だった。

「あ……はいる……」

何度も何度も勃起したペニスを後孔に押しつけて、ようやくバイブと後孔の粘膜の隙間からペニスを押し入れることが出来た。

「ひ……い……いた……ひぃぃ……」

やはり、耕平は大きな声をあげた。同時に後孔がさけて、また鮮血がしたたり落ちているのが見えた。

連日のように淫行を繰りかえしているせいで、耕平の後孔の傷が、完全に治る、ということはなかった。かさぶたになりかけているところを、またペニスやバイブを入れて犯す。そうすると、簡単に傷口がひらいて、血が滴ってくる。

ただ、満はその滴る血を見るたびに「あぁ、自分が今犯している」ということを実感して満足だった。

「あぁ、耕平さん。離しませんよ……。貴方は、私だけのものだ……」

満は激しくペニスを突き上げながら、耕平の耳元に囁いた。

「あ……あぁ」

「貴方も、私だけのものだと誓ってください…ね。いえるでしょう。「私は、長谷満だけのものだ」って……」

満は、後孔から垂れている血を指ですくって、耕平の頬に撫でつけた。

快感で紅潮していた顔に、べったりと血がはりつく。

「あ……あぁ……。ぼ…ぼくは……満……満だけのものだ……」

耕平は、快感が過ぎて、頭で考えることが出来なくなっていたのだろう。ぜいぜいと声をあげながら、満が言ったとおりの言葉を繰りかえしていた。

耕平の口から発せられた言葉に、一瞬は満足感を得ても、やはり伊原の事があたまから離れなかった。耕平は、ただ「快感」を知ったばかりだから、こうして満と性交をして、快感を訴えているのではないのだろうか。耕平にとっては、その相手は、満でも伊原でも、どちらでもいいのではないのだろうか…。

「あぁ……クソ……渡さない……わたさないぞ……」

満はことさらに激しく後孔を突き上げた。しかし、絶頂を迎えそうになると、またペニスをぴったりととめて、苦しそうに喘いでいる耕平の顔を覗き込む。

「あ……あぁ……」

そう、こんな快楽に歪んでいる顔は、自分だけのものなんだ…。そう思いこむことで、なんとか快感を極めよう…とした。しかし、絶頂を迎えそうになると、また頭の中に伊原が浮かんでくる。

「あ……あぁ……苦しい………うぅ……」

ペニスを縛られたまま、耕平は後孔を何度も突き上げられて、顔をぐにゃりとゆがめていた。その、調った顔が歪むのを見ていると、満の中の快感も「嫉妬」を置き去りにして暴走して行っていた。ブレーキのきかない自転車にのって、断崖絶壁に向かっているような気がした。そうして、その絶壁から落ちる…と感じた瞬間。

耕平の後孔の中に、精液を放出していた。

満は「あ…あ」と息を吐きながらも、こんなふうに「嫉妬」を感じながらも快感を貪ることが出来る自分の身体が不思議だった。

まるで、耕平のせいで、自分の身体がバラバラと崩れていくような気がする。均衡をうしなって、精神と身体とがかけ離れていく…。それは、背筋がゾッとするような感覚だった。まるで、自分が「壊れて」居るような気がした。

「あ……あぁ……満…」

耕平がそういって、縛られているペニスを満の太股に擦りつけてきていた。そこで、ハッと意識が現実に引き戻されて、その薄い恐怖感がなんとか霧散していった。

「苦しいですか? おちんちんを縛られて…」

「あ……あぁ……」

耕平は首をそらして、何度も声をあげていた。その様子をみて、満はそののど元に唇をよせてきつく吸い上げた。白い首筋に、赤い吸い跡をつけていく。そうすると、耕平が満のものである…という証拠がついて行っているような気がしたけれど。それはあくまで「表面的」なものでしかないようで、より不安を仰ぎたてるものだった。

「こういうことをするのは……私だけだと誓ってください…」

「あ……あ……誓う………うぅ……だから……」

耕平は何度も首を縦にふっていた。でも、言葉だけでは物足りないような気がしていた。そう、それは本当にかるく裏切られてしまうような気がしたから。でも、それ以上に耕平の事をつなぎ止めておくことは出来ないような気がした。そう、ただ「言葉」を信じるしかない。

「あぁ……私だけの……私だけのものだ…」

満は何度もそう言ってから、耕平のペニスの紐をほどいた。

「私が好きでしょう。ね、好きだと言ってください」

「あ……好き……好きだ……」

耕平のペニスの先端から、勢いよく白濁とした精液がほとばしった。

「あ……あぁ」

ただそのあとは耕平は快感に身を任せて。股間をどんどんと精液で汚しながら、喘ぎ声をくりかえしているだけだった。

満はその様子を見ながら、「みしかしたら、彼の頭の中に、「伊原」の事があるのでは…と思った。そう思うと、喘いでいる耕平を、伊原が奪っていくような気がする。いまは、自分の手の中にいるのに。もしも彼の心だけでも伊原の方へとなだれるように移ってしまったら…。

いくら耕平が望んだからといって、どうして自分は伊原と彼とを引き合わせてしまったりしたんだろうか。

いや、でもそうしないと、ただ手を振り合えだけの関係が、より濃厚になる気がしたからだ。手わ振り合う内に「会いたい」「話をしたい」という想いが募っていくに違いない。きっと、実際に会えば、お互いに「満足」をして興味を失うかも知れない。そういうことに期待をしていたのに。

今日、顔をあわせた2人は、まるで友達同士のように楽しそうに会話をしていた。

世代ギャップもある2人が、あんなにも親しくなるとは想っていなかった。

満は自分の軽率さを恨んだ。自分が、馬鹿だったのかもしれない…。

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