賭けた男 3 (2) |
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でも、後悔をしながらも、より、自分が耕平を「愛している」ということを実感してきていた。耕平の頼みだったら、なんでもかなえてあげたい…。たとえ、それが自分にとって辛いことであっても。自分を殺してでも耕平のために…。 そうか、これが「愛」という感情なのか…。 満は改めてそう想った。 精液を出し終えて、呆然としている耕平の身体を、満は強く抱きしめた。 「あ……あぁ」 荒い息を整えている、小さな身体が愛おしかった。ずっと、こうして肌を触れあわせて、ひっついていたい。いっそ、ドロドロとまざって、一緒になりたい…。 「愛」っていうのは、こうも強烈なものなのか…。満は息をはきながら、ただひたすらにに耕平のからだを抱き続けた。 「あなた、また耕平さんの部屋に行っていたでしょう」 ただ寝室に戻ると、ベッドに腰をおとした花菜がきつい目でこちらを睨み付けてきていた。寝室から耕平の部屋は離れているから、声や音が漏れるはずはない。ただ、花菜は女性独得の勘で、「夫の心が離れて行っている」という事を感づいているに違いなかった。 「耕平さんのドアに鍵をとりつけけたのも貴方ね…。あなた、私が耕平さんを殺すと考えたんでしょう。だから、鍵をとりつけた。それは、私に「後ろめたい」ことがあるからなんでしょう」 花菜の言葉は、すべて核心をついていた。だから、言い逃れがないような気がしたけれど。 満はパジャマに着替えながら 「鍵は耕平さんの希望で付けたんだよ。彼もプライベートな時間か欲しいらしい。まぁ、高校生だから、ちょうどそんな時期なんだろう」 自分の口から、何のためらいもなく嘘が出てくるのが不思議だった。 そうだ。自分は花菜を「愛して」いない。そのことを実感した心地だった。花菜にも、かわいい部分があった。お嬢様育ちらしく無邪気で、純粋でまっすぐに満のことを信じていた。なのに、今は嫉妬にくるって、その花菜の魅力的だったところが、すべてそぎ落とされている。 もはや、満にとって、花菜はただの凶人にしか見えなかった。 それの相手をするのも億劫な気がした。 伊原は翌日から、毎日のように家にやってきては耕平と話をしていた。満は2人の距離がどんどんと近づいていくのをたまらなくもどかしい想いで見つめていた。若い2人の間に自分が入っていくのは、なんだかわざとらしい気がしたし。なによりも、2人の会話に入っていって瞬間。もしも耕平が嫌そうな顔をしたら…。 満のことを迷惑そうな表情でみたら。そう思うと怖くて。タブレットをみたり、伊原が学校で習っている英単語帳などを取り出したりしているのを、満もリビングの隅にすわって、本を読んでいる振りをしながら、ただ見ているしかなかった。 耕平の目がキラキラとひかって、伊原の顔を見るたびに。満は持っている本を破り咲いて、伊原の首を絞め、その息の根を止めたい…と考えた。 自分の中に、強烈な嫉妬が渦巻いている。きっと、花菜の心の中の「嫉妬心」というのも、満のそれと同じなのだろう…。しかし、花菜は嫉妬心を剥きだしにして、自分に突っかかってくることが出来る。満には、そういうことをするだけの勇気が無かった。 耕平に嫉妬心をぶつけて、彼に去られてしまうことを考えると。「嫉妬」の気持は心の奥深くに沈めなければ…と想った。 「なぁ、こんど伊原君と「新宿」に行ってみてもいいかな」 濃厚な性交を終えた布団の中で、耕平は満にそう話しかけた。それは、本当に「お茶が飲みたい」とか「あれを取って」というような、ほんの軽い言葉だったけれど。 満の心にはグサリと突き刺さった。2人の距離がどんどんと近づいて行って、ついには自分の知らないところで、そんなにも親しくなるまでになっていたのだ…。 「新宿……」 満はぼそりと呟いた。 「あぁ、いろいろな店があるんだろう。僕は、以前も病気でテレビでしか新宿とかを見たことがなかった…。あの、大きな交差点を見てみたい」 満には、耕平が、その相手を「自分」ではなくて「伊原」を選んだことに耐えようのない嫉妬を感じた。 たしかに、自分だったら、耕平に「新宿に行きたい」と言われても「あんな場所、何もいいところがないですよ」とか「ただ人がおおいだけです」などと言って、この家の中に閉じこめておいたかも知れない。 しかし、満には、耕平の頼みを拒否するだけの「言い分」や「権限」がなかった。 「は…はぁ……。でも、あまり疲れないように…してくださいね」 満が小声でいうと、耕平はおかしそうにクスと笑った。 「ぼくはもう病気じゃないよ。それに、少しくらい身体をならしていかないと…」 身体を慣らして、何をする? 満の手の中から飛び立とう…としているのだろうか。 「無理はしなくてもいいですよ…。その…私の収入でも十分すぎるくらいに食べていくことが出来ますから…」 満はそう呟いた。ただ、耕平にはその言葉が耳に入っていたのか居ないのか。 「新宿か。楽しみだな」と呟いていた。 耕平と伊原が新宿に行く、という日。満も当然のように目立たない格好をして、さり気なく2人の跡をついていった。2人の腕が触れるたびに。クスクスと笑い合っている姿を見れば見る程。心臓を鷲づかみにされて、ぐにゅりと握りこまれているように辛く感じた。 カフェで、伊原が満の手をとって、手相を見たときなどは、思わず2人の間に割りいって、伊原の首を絞めたい!!と強烈に想った。 それと同時に、花菜が自分にたいして想っている感情も、こういう強烈なものなのだろうか…と想った。いや、花菜はそれ以上かもしれない。 「殺してやる」と裁ちばさみを取りだしたくらいだ。 あぁ、でも、自分も。もしかして機会があったならば、伊原の事を殺してしまいたい…。 ふと、頭の中にそんな考えが浮かんだ。 そう、伊原が居なくなったらどうなるだろうか…。 また、耕平が自分の元に戻ってくるかも知れない。いや、ただ居なくなっただけでは、むしろ逆に「伊原に会いたい」という耕平の感情を助長させるだけかもしれない。 満はカフェに腰をおとして、本を読む振りをしながら考えた。 もしも伊原が死んでしまったら。耕平の、心の中の巨大な喪失を、「自分」という穴で埋めることが出来るかも知れない。 そうすれば、耕平は自分の方へと、気持を傾けてくるかも知れない。 やはり、信頼できて、頼ること画出来るのは、「満だけだ」と気付くかも知れない。 でも、伊原のようなまったく健康体の少年が「死ぬ」ということは考えづらかった。だからそれは、あくまでただの「虚しい想像」に違いない気がした。 しかし、ふと、花菜のことが頭に浮かんだ。 花菜も、耕平に激しく嫉妬している。きっと、花菜も、自分と同じように「耕平さえ居なければ…」と想っているだろう…。 そう考えていると、頭の中でパチパチとピースがはまっていくように。恐ろしい考えが浮かんできた。 満は「いや……しかし……」と自分の頭を振った。それでも、一度浮かんだその想像は、なかなか消え去ることがなかった。むしろどんどんと膨張して、具体化していっていた。 そうして考えているうちに、その考えの「恐ろしさ」に身体がゾクゾクと震えた。 満はカフェのテーブルの上に置かれていたオシャレなベージュのペーパーを抜き取ると、そこに自分の考えをメモした。それは、メモをするほどたいそうな考えではなかったけれど。そうして文字に書き起こしたことで、よりそれが具体化して。はっきりと頭の中にこびりつくような気がした。 ふと気付くと、耕平と伊原の姿はもうカフェにはなかった。一瞬当惑したけれど。 満は深呼吸をしてから、伊原の携帯に「耕平を家まできちんと送り届けて欲しい」という旨のメールを送った。すぐに「わかりました」とだけの簡易な返信があった。それは、2人が時間をたのしんでいるせいで、メールを書く時間も惜しい、ということの証拠のようにかんじた。満は、その返信を見ると、もう自分の考えに「恐ろしさ」を感じることが出来なくなっていた。 伊原が、耕平を連れて帰ってきたときには、もう午後7時を過ぎていた。 「随分とゆっくりだったね」 満は無表情を顔にはりつけて、伊原にそう言った。伊原はリビングで真知子がだした茶を飲みながら「耕平くんが、あちこちを見たい、というもので、すっかりおそくなってしまいました。原宿や渋谷にも行きましたよ。人が多くてびっくりしたんだよな」と耕平に笑いかけていた。 「耕平くん」という言葉と、なれなれしい耕平へのため口がより満の心を刺激した。その言葉と、2人の雰囲気を見つめていると、針で心が突き刺されるような気がした。 「でも、あちこちと歩き回って疲れただろう」 満はできるだけさり気なく伊原にむかってそう言った。 伊原は「はぁ……まぁ」と曖昧な返事をしていた。その様子をチラチラと見ながら。 「そうだ、もうこんな時間だし、どうせだったら泊まっていったらいい。明日も休日なんだから、別に構わないだろう」 満は伊原の方をみて、さも、いま思いついたようにそう言った。 伊原はすこし戸惑ったように耕平の方をみたけれど。 「そうだ。そうしたらいい。どうせだから、泊まっていけよ」 耕平も、うれしそうに頷いて、伊原の腕を掴んだ。「そうですね。じゃあ、そうしようかな…」 伊原は耕平のはしゃいだ様子にすこし苦笑いをうかべて、そう言った。 本当は、満の心の中は煮えたぎっていた。 「耕平さんの隣の部屋が空いているだろう。あそこを準備させるよ」 満はそう言って、真知子に耕平の隣室のベッドメイクを頼んだ。 しばらく、リビングで話していたけれど。さすがに、東京中のあちこちを回ったのが疲れたのか。耕平が「眠い」と言って部屋にさがった。伊原も、歩き馴れていない耕平のガイドに疲れたのだろう。「俺も、寝ます」と言って、満の隣室に引き下がった。 満が寝室に行くと、花菜が厳しい目でジロリとこちらを見た。 最近はもっぱら寝室にこもっていることが多くなっていた。もとから、読書などが好きで部屋に居ることが多かったけれど。最近は特にそれが顕著な気がしていた。 そうして、満が部屋に戻って来ることをずっと待っているようだった。 「今日は小説を書いていた」 花菜に聞かれる前に、部屋に戻るのが遅くなった理由を言ったけれど、花菜は「そう」とだけ言葉を吐いた。それは、「信じていない」ようにも聞こえたし、あえて冷たく振る舞うことで、満の気を惹こうとしているようでもあった。 ただ、満は時計が11時をさしているのを確認してから、ベッドに入った。花菜も、読んでいた本をとじて、一緒にベッドにもぐりこむと、すぐに寝息を立て始めた。 満も眠ろう…となんどか目を閉じようとしたけれど。頭の中の考えのせいで、まったく眠ることが出来なくなっていた。ジリジリと時間がたつのがひどく遅いように感じた。しかし、うす暗い室内では本を読むことも出来ない。だから、ただ想像にだけ想いをはせた。 時計が午前2時半を指したときに、満は「そろそろだ」と想い、隣で眠っている花菜を揺り起こした。 「おい。おい。花菜、花菜」 何度か呼ぶと、彼女は億劫そうに目を擦りながら、満の方を見た。 「なぁ、小説の良いアイディアが浮かんだ。でも、ちょっと小腹が空いている。何か作ってくれないか? 」 「え……え……こんな時間に? 」 花菜は時計を見て、戸惑っていたけれど、満は「頼む。こんな時間では真知子さんに頼むことも出来ないだろう。簡単でいいから、何か作ってくれ」とたたみかけた。そうすると、花菜は「えぇ……」とパジャマの上にガウンを羽織って、ベッドから起きあがった。 満は花菜の手わひいて、ダイニングに行った。 冷蔵庫の中を覗いて、花菜は「ロース肉の塊と野菜くらいしかないわ」と呟いた。 「だったら、それで野菜炒めでもしてくれ」 花菜は、キッチンの引き出しから、主室に出刃包丁を取りだした。それで、肉塊に力を入れて切っていって居た。 「最近は真知子さんがいつも料理をしてくれているから、久しぶりだわ」 花菜はそう言いながら、包丁に体重をかけていた。 満は、その包丁が輝いて、よく切れそうなのをみてから、一息、ため息を吐いた。 本当にうまくいくのか。千に一つの気持だった。ただ、もしもうまくいかなくても実害はない。だから、試してみる価値は有るように思えた。 包丁を、力をこめて握っている花菜の後から、満は声をかけた。 「なぁ。花菜…。お前もきがついていると思うけれど…。耕平さんが来て、この家は変わっただろう」 「………」 花菜は無言で肉塊に包丁を食い込ませていっていた。 「お前も、耕平さんが来てから、随分と変わった。俺はな、耕平さんに出会ってから、ははじめて、お前のことを愛していないと気付いたんだ」 花菜の手がピタリと止まった。 「………」 「俺は、耕平さんと、この家をでるよ。その方が花菜にとってもいいだろう。お前もまだやり直しがきく歳だ」 言下に自分が「愛しているのは耕平だ」という事を匂わせた。 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、花菜が包丁を手にしたまま、ギョロリとこちらを振り返ってきた。 手には、出刃包丁が握られたままだった。 「あなた、私を捨てるというの? 」 平素の彼女の声ではなかった。ひどく低音で、喉の奥から、絞り出しているような声だった。 「捨てるとか、そういうんじゃない。ただ、私と耕平さんとで、この家をでていこうと想っているという事だよ」 「耕平さん・耕平さん・耕平さん……。 あの人が来てから、貴方は変わったわ!! ついには、私まで捨てて、あんな男と一緒になる気なのね!! そうはさせないわよ!! 」 花菜が、バッと包丁を持ったまま駆けだした。 満も慌てて立ちあがり、花菜の行く先を阻むように。走り出した。そうして、花菜を追い抜いて、「耕平の隣の部屋」のドアの前に立った。 「花菜。落ち着け。落ち着くんだ」 「どいて!! どきなさいよ!! 」 花菜が満の腕をつかんで、グイと引っ張って押しのけた。その力は満が想像していた以上に強かった。ただ、抵抗しよう、と想えば抵抗でき無いこともなかった。ただ、あえて満は花菜に引きずり倒されたように、廊下に転がった。 視界の中で、花菜が「耕平の隣室」の室内に入り、「許せないわ!!許せないわ!! 」と叫んでいる声が聞こえた。同時にぶすぶすと鈍い音。それから、男の悲鳴が聞こえた。ただ、満は花菜に引っ張られたときに倒れ込んだ姿勢を中途半端に引き上げて、廊下に手をついたまま。それらの音が収まるのを待っていた。 男の悲鳴はすぐにおさまった。しかし、そのあとも、しばらくぶすぶすという音が響き続けていた。それに、花菜の「許さないわ!! 許さないわ!! 」という声。満にとっては、それが随分と長い時間にかんじた。音がおさまり、花菜の声がしずまるまで。満はじっと廊下のフローリングを眺めていた。 「あーははは……はは……あはははは…」 しばらくして、花菜の大きな笑い声が響きはじめた。満はゆっくりと立ちあがると、「耕平の隣室」に入った。すると、そこにはこんもりした布団が見えた。ただ、その布団は何カ所も生地がさけていて、そこから血が溢れるようにして出ていた。そのせいで、白かった布団が、ぐっしょりと真っ赤に染まっていた。 布団の塊は滅多刺しにされていて、今もドクドクと血を溢れさせ続けている。誰がどうみても、その布団の中の人間は確実に絶命しているだろう…と思えた。 「ふふふ……ふふ……。これで耕平さんは居なくなっちゃったわね。 貴方も、家をでていくことが出来ないわね」 花菜は、激しい返り血を浴びて、顔も、パジャマも真っ赤にそまっていた。 にんまりと笑った唇を舌でなめて、じぃっと満の方を見つめていた。 出刃包丁はさっきまで、キレイに輝いていたのが嘘のように。どす黒い血で汚れて、鈍く光っていた。花菜は包丁を手にしたままだった。 「な……何をしたんだ」 満は、花菜の手を掴むと、包丁を取り上げた。 「あ……あら、何? 私を殺す気? ふふふ。いいのよ、殺しても。 でも、もう貴方の愛しい耕平さんは居ないわね」 花菜は大声をあげて笑っていた。 満はその声を聞きながら、スマホを取りだして、119番通報をした。 満は、まさかこんなにも自分が思い描いて良いたことがうまくいくとは想っていなかったので、手が震えていた。 それは、恐怖のせいではなく、「自分の思い通りにできた。じぶんこそが勝者だ!!」と叫びだしたいような興奮に身体がつつまれているせいだった。 そう、花菜はめったに耕平の部屋の方に来ることはない。だから、満がたちふさいだ部屋を、当然に「耕平の部屋」だと想ったのだろう。それは、深夜で、うす暗かったせいもあるかも知れない。それに、気が動転していたせいも。 救急車が来ても、花菜は床に座り込んで笑い続けていた。 救急隊員がやってきて、その血まみれの布団を剥いだときにはじめて、花菜は「あ」と声をあげた。そこに横たわっていたのが、まったく見覚えがない青年だったせいだろう。 満は、やはり…という想いで、ジッとその伊原の死体をながめた。救急車のキャリーにのせられていたけれど、失血のせいで絶命しているのは明らかだった。 花菜は「えぇ、どうして……どうして!! 」と叫び続けていたけれど、ほどなくして来た警察官達に囲まれ、脇腹を掴んで立ちあがらせられていた。 満は救急隊員や警察官の群から少し離れて、隣の部屋のドアを見た。すると、耕平が少しだけドアをあけて、おそるおそる、といった感じで顔を覗かせていた。 満の視線に気付いたのか、花菜も警察官に脇腹を抱えられたまま、そちらの方を見た。そうして、耕平の青白い顔をみて、「あぁぁぁ!!」と大きな声を上げた。 「殺してやる!! 殺してやる!! 」 花菜は叫んで、掴んでいる警官の腕を振り払い、耕平の方へと突進していこうとした。しかし、やはり花菜の腕を強く握っていた警察官は、どんなに花菜が足掻いても、掴んでいる腕を離すことはなかった。 「ちくしょう!! ころそてやる!! 殺してやる!! 」 花菜は警察官に引きずられるように連れて行かれながらも、耕平の方をギラギラとした瞳で睨んで、そう叫び続けていた。 花菜が去っていくと、一瞬、室内がシンとした空気に包まれた気がした。 実際には監察官や警官が残って、伊原が刺された跡を検分している。彼らの声や動く足音が聞こえていただろうけれど。花菜の叫び声が遠ざかっていくと、家全体が奇妙にシンとした物に感じられた。 「なに? いったい……」 耕平はすこしだけドアをあけて、満の方をチラと見上げていた。 その顔を見て、満は心の中がとてもみたされた心地になった。そう、自分はずっと邪魔者だった2人を、一気に処分することが出来たのだ。 「…………」 満は、声をあげて笑い出しそうになるのを必死で喉奥に押し込めた。まだ家の中には警察官達が残って、「伊原の死体があったベッド」を調べている。 もうすぐ、自分も満も警官に話を聞かれるだろう。それに、真知子も。 花菜が不安定で、すこしおかしくなっていたのは真知子の目にも分かっていたはずだ。嫉妬に狂い始めて、平素のしずかな彼女では無くなってきていた。 本当に、ここまでうまくいくとは想わなかった。 満は、再び心の中で呟いて、少しだけ開けられているドアから、耕平の室内へと身体を滑り込ませた。 「花菜が突然おかしくなってね。伊原君を包丁で滅多刺しにして、殺してしまったんですよ」 満は改めてそう口にすると、「ははは」と笑い声を上げそうになるのを。グッと飲み込んだ。 「え……花菜さんが。どうして伊原君を……」 「さぁ、分かりません。でも、花菜はここのところ、すこしおかしくなってきていましたからね。過剰に嫉妬したり、ひどく不安定で私に突然怒号を浴びせかけたり…。 彼女の中の、なにかが「切れて」しまったのかもしれません」 満がそういうと、耕平がブルッと身体を振るわせた。 「怖いね……怖いね……。さっき、血まみれの塊が、担架で乗せられていって居るのが見えた。あれが伊原君なのかい? 」 普段は横柄な耕平も、両手で自分の身体を抱くようにして、ブルブルと肩を動かした。 それはまるで小動物が、ガタカタと身体を震わせるのに似ていて。ひどく頼りなげに見えた。 「大丈夫。大丈夫ですよ。耕平さん。貴方の事は、私が守りますから。命に替えても、守りますよ。ね。だから、私を頼ってください。 そう、貴方を守る事ができるのは、私だけなんですよ」 「あ……あ」 満は耕平の両手を掴んで、身体を抱き寄せた。そうして、髪の毛をやさしく撫でた。 「あ……怖い……怖い」 「怖がらなくても大丈夫です。私が守ります」 耕平が、満の身体に手をまわして、シャツを握りしめている感触が、手に伝わってきた。 「本当に…。本当に、お前を信じていいのか? 」 「ええ、もちろんです」 耕平はやさしく頷いて、満の顔をあげさせ、かるく唇を合わせた。 「私の言うとおりにきちんとしていれば。あなたを何もかもから、守ってあげますよ」 「あ……あぁ……」 耕平は不安そうな表情のままだったけれど、その瞳の色は、だんだんと満に縋り付くように色を変えていった。そうして、ただ合わせただけだった唇を、耕平の方から激しく合わせてきた。 「あ……あ……頼む……。死にたくない……死にたくない……」 耕平は、がむしゃらという感じで、満のシャツを引っ張っていた。まるで、おぼれかけたものが、必死で縋り付くように。その手の強さと、激しく合わせてくる唇に、満は何とも言えない満足感を感じた。 もう、いまや耕平が頼ることが出来る相手というのは自分しか居ないのだ。 下手に外界とかかわると恐ろしいことになる、と教訓を得ただろう。 それに、「頼ることが出来るのは満だけだ」ということも、よく分かったに違いない。 そう、これから、ここの家は、2人の桃源郷になるのだ。満は耕平を独り占めすることができる。そうして、花菜も居なくなった今。誰に気をつかうこともない…。 「ふふ……」 満は笑いが漏れそうになるのを必死で堪えながら、耕平の細い肩を抱きしめ続けた。 「大丈夫。私がまもってあげますからね」 満はもう一度囁いて、耕平の肩を抱きしめた。 耕平も、きつくしがみついていた。 うす暗い中。2つのシルエットはいつまでもかさなっていた。
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2014 05 07UP 私の小説は、暴力的なものがおおいので「たまにはラブラブな物が読んでみたいです」という感想をいただきまして…。なるほど…ラブラブなものかぁ…と思って書いた物です。なんだかあまりラブラブな感じにはなりませんでしたが、このあとは、主人公達は超ラブラブだと思います!! だって、なにの障害も無くなったわけですから…。 しかし、なんだか「だらだらとしたしまりのない文」になってしまってすみません。 だから、ここまで読んで下さった方には、本当に感謝します!! というか、こんな稚拙な文章をここまで読んで下さって、本当にありがとうございます。 このあとの2人を書いたら、きっとすごくラブラブなものになるでしょうね。 「耕平」の「女王様的性格」をあまり生かすことが出来なかったのが残念です。 でも、「満」という名前がなんだか「受けっぽいなぁ」と思ったので、これを書いている最中は何度も名前を間違えました(汗) 本当によんでくださってありがとうございます。 御礼を言うことか出来なくてすみません。 ありがとうございます |
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