・虚無

 好き・・・好きだから・・どうしようもないぐらい・・
 100回も200回も繰り返した言葉が胸の中を駆け巡る。
 どうしたって、彼を見ていると胸の中をこの言葉が支配する。
「好きなんだ・・・」
 和也は、見るからに上品な濃紺のブレザーの襟を、指先が白くなる程握りしめた。
「いつも言っていますが、そう言われても困ります」
 目の前に立つ長身の男は苦笑いして、いつものように、薬指に銀色の指輪が光る左手で、和也の背を押して車内へと促す。
 「冗談じゃない。本当なんだ」
 和也は外国産の高級車に後部座席に乗り込みながら、必死で杉原を見上げた。
 高級スーツに身をつつんだ杉原はにっこりと笑うだけだ。いつもの事・・・と言わんばかりの瞳で呆れたように和也を見ている。
「杉原・・・」
 バタン・・と、いつものタイミングで車のドアが閉められ視界が遮られた。杉原の姿がフィルム張りのウィンドウから一旦消える。
 和也はため息を吐いて、皮張りのシートに深く腰掛けた。
「今日は、この後の御予定はございませんが、どこか寄られる所はありますか?」
 運転席のドアを開けて、杉原が乗り込んでくる。
「ああ・・」
 杉原の挙動を瞳で追いながら、和也はせっぱつまったように答える。杉原に少しでも近付くために、運転席の方へすっかり身を乗り出している。一日で、杉原と一緒に居られる時間は長く無い。
 和也の、綺麗な亜麻色の髪の毛の隙間から真剣な目が覗く。
「どちらに寄られるんですか?」
「新宿に・・・」
 杉原がちらりと和也を見ると、俯いて顔を真っ赤にしてズボンを握りしめている。
 杉原は渋々といった感じで車を滑り出した。
 
 杉原は和也のお抱え運転手のようなものだ。もとは和也の父親の秘書。
 一流大学を出て、和也の父親が社長である某大会社に就職し、トントン拍子で出世して秘書にまで上り詰めたのだ。
 このままいけば、出世街道間違い無し。あまりに完全すぎる人生設計にほくそ笑んでいたぐらいだ。
 それでも、転機はどこで訪れるか分からない。
 当然だが、社長の家にも何度も付き添って行っていた。雇われのお手伝いさん、社長の娘などから羨望と憧れを交えた視線を受けていたのは承知している。
 しかし、何を間違ったか、社長の息子からも受けていたらしい・・・。
 息子たっての希望だから、しばらくは息子の高校への送り迎えをしてくれ・・と社長に告げられた時は背中を冷や汗が流れた。当然、3年が過ぎれば元の業務に戻れる。それどころか、出世も約束されている。
 でも、3年というのは大きなタイムロスだ・・・。

「新宿に行って何をなさるんですか?」
 杉原は殊更冷たい声で和也に問いかけた。
 和也は綺麗な少年だ。1年生の頃はまだまだ子供っぽくて杉原にとっては鬱陶しいだけの相手だったが、2年生に上がってからは繊細そうで脆そうな雰囲気が危うい魅力となって備わって来た。
 高校でも和也は目立つ。
 成績だって、校内で5番以内に必ず入るし、毎朝夕、高級車が学校の前まで迎えに来るのだ。
 色事とはもっとも遠そうな、上品で気品の高そうな雰囲気が逆にソソるのだ。
「何って・・・」
 和也は困ったように口籠った。ぎゅうっと自分の膝の上に置いた手をきつく握りしめる。
「別に、新宿まで行かなくってもやってあげてもいいんですよ」
 杉原はキィッと車を信号待ちで止めた。
 唇の端だけを上げて、後部座席を振り返る。
「俺の言う通りにすれば・・・ですけど」
 杉原の言葉だけが車内に響き渡る。
 和也はゆっくりと顔を上げて杉原の顔を覗き込んだ。
 顔が赤く紅潮している。
「言う通りにする・・・」

 杉原は和也に請われるままに抱いた事が何度かある。社長の息子に取り入っておけば安心・・というのもあったし、興味もあった。
 学校では優等生然としている男を犯すのだ。
 和也は、それで更に杉原に夢中になったようだ。子供らしい純粋さでもって、杉原にのめり込んでいる。

「じゃあ、まずはズボンを脱いで下さい」
 杉原は車を発進させながら前を見たままで言った。
「え・・・でも・・」
「上半身はそのままで・・。ああ、下着も・・・」
 和也は、哀願するような視線を杉原に向けてから、ゆっくりとベルトに手を持っていった。
 車の後部座席とはいえ、対向車からは見える。
 羞恥のあまり、手が震える。
 なんとかベルトを外して、ズボンを脱ぎ捨てた。
 グレーの、いかにも私立、いかにも男子高なズボンが足下に落ちる。
 バックミラー越しに杉原の視線を感じて、和也はなんとか、下着も脱ぎ捨てた。
「脱いだ・・・」
 顔を下向けたまま、首筋まで真っ赤にして杉原に声をかける。
 上に着込んだブレザーとシヤツのおかげで、局部はかろうじて隠れている。
 必死で膝を合わせて、シャツを押さえている和也を見て、杉原は満足気に微笑んだ。
「はい。いいでしょう」
 ククッと杉原が喉奥で笑っているのが聞こえる。
 頭の先まで突き抜けるような羞恥心が競り上がってくる。
「よくできました。じゃあ、次は足を座席の上に上げて下さい」
 杉原の言葉に、和也は焦ったように首を振る。
 そんな事をしたら、全てがバックミラーに写ってしまう。それに、対向車にだって丸見えだ・・。
「そんなの・・・」
 指先が白くなる程に握りこんでいるカッターの裾を見つめながら、声を絞り出した。
「別にかまいませんよ。じゃあ、このままお家にお届けします」
 杉原の、業務的で冷たい声が響く。
 言う通りにはないんだったら、杉原も何もしてくれないと言う事だ・・。
 和也は羞恥のせいでパニックになりそうな頭の中で必死で考えた。ただでさえ、どんなにいいつのっても、杉原は相手をしてくれない時の方がおおい。
 こんな風に少しでも乗り気になってくれる方が珍しいのだ。
 こんな機会、逃すわけにはいかない・・。それなら、どんなに恥ずかしくったって杉原のいう通りにしなければ・・。
「待って!!ちゃんとするからっ」
 恥ずかしさのせいで、顔が上げられない。思いきり俯いたまま、何とか声だけは出した。
「わかりました」
 杉原は一瞬だけバックミラーを見ると、出していたウィンカーを取り消した。
 上半身だけを着込んだ少年が、恐る恐る足を座席に上げはじめる。
 あまりの行為に、顔から火がでてしまいそうだ。
 和也は唇を噛み締めた。
 杉原は普通にハンドルを握ったまま、運転をつづけている。それに引き換え、自分は下半身だけを脱いで、車の中でこんな事をしている。
 じわりじわりと太腿までが露になっていく。
「上げた・・・」
 顔をうつむけたまま、ボソリと呟く。顔を上げれば自然とフロントミラーが見えてしまう。
 そこに写る自分の醜態なんて見たくない。
「よく出来ました。
 じゃあ、次はこれでも使って下さい。
 ソレが出来たら、あなたの相手をしてさしあげましょう」
 杉原がハンドルから右手をのけて、助手席においていた鞄の中に手を差し込んだ。
 嫌な予感がする。
 杉原は絶対的に自分に冷たい。父親の部下なのに・・・。
 本当なら自分にだって優しく笑いかけたり、少しは媚びてくれるような真似をしたっていいはずの立場の人間だ。
「っつ・・・」
 俯いて、杉原の手の動きを見ていた和也の肩が震えた。
 杉原が取り出したのは、和也も雑誌などでしか見た事がないような、俗に言われるアダルトグッズと言われる物だ。
 そういうものが有ると言う事は知っている。
 でも、まさかそれを使えと言われるなんて・・
「使い方は分かるでしょう?」
 杉原は手を捻って、和也の横にソレを投げた。
「そんなの・・・」
 無理に決まっている。
 どうすればいいのか・・
 自分の真横に落ちたソレを、ただ見る事しかできない。
 杉原は、こういうのを気軽に使えるような女性が好きなのだろうか・・・。
「一々、教えないと使えないんですか?」
 苛立った杉原の声が響く。
「あっ・・うん・・」
 慌てて頷いた。「嫌だ」と言ったら、きっとこのまま自宅に送り続けられてしまう。
 その方が嫌だ。杉原と、一分一秒でも長く居たい。
 あまつさえ、これが上手く出来たら、杉原は「相手をしてくれる」と言っているのだ。
 こんなチャンス・・。
「面倒くさいな・・・」
 杉原が、外を見ながらため息を吐いた。
 嫌がられているとわかるそぶりに、キリキリと胸が痛む。
「じゃあ、まずは馴らさないとだめでしょう。
 御自分の指でも舐めて、尻の穴、じっくりほぐしたらどうですか?
それぐらい分かるでしょう」
「うん・・・」
 冷たい言葉が響く。
 駄目だ・・。なんとか機嫌を直して貰わないと・・・。
 焦って、右手の人さし指と中指を口に含んだ。
 根元まで加えて、できる限り唾液をからめるようにしないと・・・。
「2本だけで馴らす気ですか?」
 三本、使えと言う事だ・・・。
 薬指も口に押し込んだ。口が指で一杯になる。
 音を立てないように・・・と思っても、どうしても舌が指を舐めまわす音が車内に響く。
 開けっ放しの口から唾液が漏れてしまう・・。
「充分に濡らしましたか?
じゃあ、ならしたらどうです?」
 身体が強ばってしまう。後孔なんて、自分でいじった事がない・・。
 大丈夫だろうか・・。
「っつ・・」
 足は椅子の上に上げているから、そのまま後孔付近に指を近付けた。
 過度の緊張のせいで、指先が震えてしまう。
 杉原がフロントミラーからじっと見ている。
 早くしないと・・
「きちんとしないと、指が渇きますよ。
 そのまま押し込んだらどうです?」
 指が、どうしようもなく震える。
 でも、このままだと杉原は呆れてしまうに違い無い・・。なんとかしないと・・。
 焦る気持だけがから回る。
「っつ・・」
 じわりじわりと指を押し込んだ。指先が体内に埋め込まれていく。
 奇妙な感覚だ。気持が悪い。
「あっ・・」
「そう、2本入れて」
 杉原の言葉通りに、中指も滑り込ませた。
 きつい・・・。生暖かい感触に指が包まれる。
「やっ・・」
 ぞくぞくする。
「どんな感じ?」
「や・・熱くて、変・・・」
 杉原が前を見たままクスクスと笑う。恥ずかしい・・・。
 でも、言われた通りにしないと。
「ほぐすんだから、きちんと動かせよ」
 言われた通りに、指をぐるりと動かした。背中がひきつる。
 内壁が指に密着していて、動かすとグネグネとうねってしまう。
 気持悪くてしょうがない。でも、同時に、杉原の指の感触も思い出す。杉原の指が入って、強引に押し広げられた時の事。
「ほら、じゃあ、薬指も入れろよ」
「ひっ・・・」
 なんとか、指事に従って薬指もねじ込んだ。後孔が、苦しいぐらいに開いている。
「あっ・・痛いっ・・」
 そのまま、なんとか指を動かす。
 フロントミラーを見ると、杉原とガッチリと眼が合った。
 無表情に、和也の痴態を眺めている。
「や・・」

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