パティシエ2
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昨日、あんなことがあったけど……。

なんだか、現実感がなくて、夢の中の事みたい。

「いらっしゃいませ」

こうして、接客していると、店長も全然、普通の人だし。

アルバイトしている、他の子も、みんな普通の子だ。

「ありがとうございました」

出ていく客に頭を下げて、店内を見回した。

 

昨日、工房であんな事をされただなんて、なんだか、嘘みたい。

自分の妄想だったんじゃないかな…と思う。

 

「理桜くん、だいぶと馴れてきたね」

「え……あ…はい……」

不意に話しかけられて、慌ててうなずいた。

かわいいエプロンにワンピース。

メイド服みたい。

以前から、「この店の女性の制服はかわいいなぁ…」と思っていた。

実際、そばで見てみても、やっぱり、かわいい。

「でも、まだ商品名が覚え切れていなくて……」

「大丈夫よ。すぐに分かるようになるから」

にっこりとほほえみかけられて、吊られるように苦笑しながら、うなずいた。

「また、ゆっくりと馴れていけばいいから」

「はい…」

 

もう、閉店の時間。

必死で働いていると、時間が経つのが早い。

今日は、午後から5時間近く働いているけれど。

時間が経てばたつほど、昨日の事が夢だったような気がする。

 

「ほら、理桜くん、もうあがっていいよ」

「え…あ…はい…」

肩をポンと叩かれて、慌てて時計を見た。

もう、午後10時を差している。

閉店時間だ。

店内には、お客さんは残っていない。

ふと、ドアを見ると、店長がシャッターを閉めていた。

「あ……そっか…もう、閉店時間……」

「そう。私ももうあがるから。お疲れ様」

促されて、コクリとうなずいた。

メイド服の女性が、工房の奥のロッカールームに入っていく。

 

女性は、制服が有るから。着替える部屋がある。

その点、理桜のように、男性アルバイトは、上服をパティシエ服の白衣に着替えるだけだから。着替え部屋はない。

工房の片隅に、ロッカーがあって、そこに私物と、着てきた服を入れるようになっている。

 

理桜も着替えようと、ロッカーの方に歩いていった。

パティシエ服のボタンに指をかける。

「あ、理桜くん。

 君はちょっと、残って、今日の復習。するから。

 そのままで」

「え……あ……」

店長が、シャッターを閉め終えて、店内に入ってきた。

外そうとしていたボタンから指を離した。

「はい……」

「じゃあね。理桜くん、お疲れ様」

「え…あ……

 お疲れ様です…」

女性店員が、ジーパンに着替えて、ロッカールームから出てくる。

そのまま、裏口の方へと、出て行ってしまった。

 

店内に、店長と二人きりになってしまう。

「っつ……」

昨日の事が、頭の中に浮かんでくる。

夢みたいに現実感がないけれど。

本当にあったことなんだろうか…。

 

「まだ、初日だから、分からないことが多いだろう。どうだった? 疲れてない?

気が付けば、店長がすぐそばに立っている。

「あっ……はい……」

ビクッと身体がおおきく震えた。

なんとなく。警戒してしまう。

「あ…でも、ケーキの名前が……分からないときがあって……」

店長は、理桜より、ずっと背が高いし、肩幅もある。普通だったら、威圧感が有りそうな体格だけど。

笑うと、目が線みたいになって、顔に、くしゃっと皺ができる。

それが親近感をおこさせるのだろう。

近所の主婦の人からも、「店長」って気軽に話しかけられている。

「そっか。まぁ、まだはじめたばかりなんだから。

分からないことは、いつでも、気軽に聞いてくれたらいいから」

「はい……」

「じゃあ、今日は、ちょっと、復習してみようか」

店長が、少し考えるように顎に手をやった。

 

下から見上げると、店長は、やっぱり、格好良い気がする。

店長がイケメンだから、女性客も多いんじゃないかなぁ…と思う。

 

「それじゃ、店員さんの気分に、なってもらうためにね…。

 これ。着てもらおうかな……」

店長が呟いて、理桜の使っているとなりのロッカーを開けた。

「え……あ……」

中から、女性店員の制服が出てくる。

下は黒色の膝丈くらいのワンピース。

上に、白くてフリルがたっぷりのエプロン。

「なっ……」

一瞬、店長の言っている意味が分からなくて、頭が混乱した。

「だって……」

それは、女子の制服じゃないですか。

びっくりしたせいで、言葉が続かない。

「そう、うちの制服だけど。

男子もちゃんとした制服を作ろうか…と思ってはいるんだけどね……

いままでは、男子のアルバイトが居なかったから、作って無くて……。

まぁ、だから、女子の制服なんだけど。

理桜くんだったら、女の子の服でも、似合いそうだからね、はい」

にっこりと笑顔でメイド服みたいな制服をつきつけられた。

「……あっ……でも……」

恥ずかしいです、という言葉を言うのも、恥ずかしい。

「着方は分かるかな? 私が、着替えさせてあげようか?

「えっ…。あ…いいです……」

店長の指が、パティシエ服のボタンに伸びてきそうになる。

慌てて、制服をひったくって、一歩後退した。

「そう? だったら、早く着替えてね。店の方に居るから」

「あ……」

店長の指から逃げたのはいいけれど。

自分で、制服を店長から取るような形になってしまった。

「待ってるから」

店長が念押しするように、理桜の方を見て、にっこりとうなずく。

「っつ……」

工房に、一人、ポツンと残されてしまった。

手には、メイド服みたいな洋服。

こんなの、着たことがない。

そもそも、今まで、女子の服なんて…。着ようとも思わなかった。

どうしよう…。

「でも…」

自分で、店長から服を奪い取ったんだ。

今更、「着るのは嫌です…」なんて言えない。

だって、自分の手で、ひったくったんだから。

「……しょうが……ないよな……」

制服を見て、小さく息を吐いた。

ジーパンのボタンを外して、脚から引き抜く。

上も、パティシエ服と、シャツを脱いで、パンツ一枚になった。

「ええと……」

黒色のワンピースを、まず、頭からかぶる。

前でボタンになっているから、襟元まで、ボタンを留めた。

「……ややこしいな……」

なんとか、上に白色のエプロンを付けて、後でリボンに結んだ。

馴れていないから、どうしてもモタモタとなってしまう。

「……う……」

なんとか、きちんと制服を着て、慌てて店の方に小走りで出ていった。

 

「あぁ、遅いから、どうしたのかと思ったよ」

「すみません……なんか、着づらくて…」

首をすくめて、店長を見上げる。

店長の顔が、くしゃっとした笑みに変わった。

「いいよ。よく似合っている。私が思ったとおりだな…。かわいいよ」

「え……あ……」

店長の手が、髪の毛に触れた。

優しく撫でられる。

「はい……」

店長の笑顔は、なんとなく、人を和ませる効果があるように感じる。

「大丈夫? 着心地はどう?

「……あ…なんか、足下が…スースーします…」

スカートなんて、初めてはいた。

風がスカートの中まで入って来るみたいで、とても心許ない。

落ち着かないような気持ちになる。

「そう…。じゃあ、今日はシュークリームの作り方から教えてあげようか。

 うちの店は、注文して貰ってから、クリームを詰めるからね」

「はい……」

今日も、先輩の女性店員が、シュークリームにクリームを入れているのを見ていた。

簡単な作業みたいに見えるけれど。

きちんと、入れる量が決まっているし、きちんと入れないと、中からはみ出てきたりする。

「まず、コレにクリームを入れてね……」

「はい……」

絞り袋に店長が、たっぷりカスタードクリームを入れる。

中がからっぽのシュー皮を取り上げて、底に絞り袋の口を押し当てた。

「はい。こうして入れる。

 それで、入れたら、この電子秤に乗せて……」

「……はい……」

80グラムきっちりになるようにする。分かった?

「……はい…」

店長の動きを見ている限り、とても簡単そうに見える。

「あ……」

でも、実際に絞り袋を渡されると、どうもったらいいのか分からない。

「……あ……」

「ほら、ちゃんと持って」

「あ……でも……」

今まで、料理なんてしたことがない。

持っていると、勝手に絞り口からクリームが垂れてくる。

「あ……やば……」

ボトボトと、クリームが床の上に落ちた。

「もう、しょうがないね……。したことないのかい?

「……はい……」

店長が、クリームの絞り袋を理桜の手から取り上げた。

「ほら、シュークリーム、持ってみて。

大体の重さの感覚、覚えないといけないからね」

「……あ…はい…」

右手でシュークリームを掴んだ。

「食べてみて」

言われるままに、シュークリームを口に運ぶ。

「どう?

口の中に甘い香りが広がっていく。

「…おいしいです…」

「おいしいだろ。

そんなクリームを落としているのは勿体ないよな……」

店長が、床に落ちたクリームに視線を移した。

「あ……はい……」

「だったら、きちんと、綺麗に舐めて」

「……え……」

一瞬、言葉が理解できない。

「もったいないだろう。だったら、きちんと食べないとね…

ほら、おちているよ」

店長がしゃがみ込んで、床に落ちているクリームを指で少しだけすくった。

「さぁ、ほら……」

呆然と立っていた理桜の右手を、促すように店長が掴む。

「は……はい……」

促されるままにしゃがんだ。

「っつ……」

指に、店長のクリームのついた指が突きつけられる。

「あぁっ……ちょっ……」

指が、強引に唇に触れて、口内に入ってくる。

「っつ……うぐ……」

「私はね、食べ物はなんでも、粗末にするのは大嫌いなんだよ。

 だから、理桜くんも、うちの商品は、粗末に扱わないでね…」

「うぅ……」

口の中に、甘いクリームが擦りつけられる。

「だから、落とした分は、きちんと。綺麗に舐めて」

「あぁっ……ひ……」

後頭部の髪の毛を、強引に鷲づかみにされた。

そのまま、グイと強い力で、床に顔を押しつけられる。

「さぁ、舐めて」

店長の、笑み混じりの声が聞こえる。

でも、目は笑っていない。

くしゃっとした笑顔なのに、絶対に抵抗をさせない。

絶対に逆らえない。

逆らったら、平気で暴力をふるいそうな気がする。

「は……はい……」

理桜は、ゆっくりと舌をだして、床のクリームをなめた。

ジャリと、砂もクリームに突いてくる感触がする。

吐き出したいけれど。

店長が怖い。

額を、嫌な汗が流れる。

「うん…。綺麗に舐めたね」

ポンポンと、店長の手が、頭を撫でる。

「……は…はい…」

うなずくしかできない。

「じゃあ、次は、使っている果物について、知っておいてもらおいかな…」

店長が、ショーケースの中から、バナナを取り出した。

 

ケーキと一緒に、使っている果物も、展示している。

一番下の棚は、果物専用の棚になっている。

 

「ほら、このバナナ。どちらが新鮮か分かるかな?

「え……あ……」

目の前に、二本のバナナが突き出された。

見た感じでは、全然違いが分からない。

全く一緒に見える。

「あ…こっち…かな」

当てずっぽうで、店長が右手にもっているバナナを指さした。

一瞬、店長の眉がひそめられる。

「なんで、こっちって思うのかな?

「え……えっと……」

当てずっぽう…とは言いづらい雰囲気。

「………」

でも、違いが全く分からない。

自分だったら、両方とも同じくらいに熟れていると思うけれど。

「…適当に言ったら駄目だよ。

 よく見てごらん。ほら、こっちの方が熟しているだろう」

右手のバナナの方が、熟していて、左手の方が新鮮らしい。

でも、よく見ても、分からない…。

「……はい…」

「駄目だね。

 じゃあ…身体でもって、覚えて貰おうかな…」

「え……」

グイと、手を引かれた。

「あ……ちょっ……」

床の上に、押し倒された。

「なっ……」

グイと足首を掴まれる。

「ひっ……まっ……ちょっ……」

慌てて、店長の肩を押した。

「ほら、邪魔するんだったら、縛っちゃおうか……」

店長がニヤリと口角を上げる。

頭の中に、昨日の事が浮かんできて、パニックになりそう。

「まっ……」

「これで、邪魔出来ないだろう」

両手首をあわせて、ぎゅっと掴まれた。

細い手首は、店長の片手でまとめられてしまう。

「あ……」

店長が、台からラッピング用のリボンを取って、両手を前で結わえた。

「あぁ……」

「こうすると、プレゼントみたいだね」

「ひっ……」

床の上に、仰向けに押し倒されて。

ショーケースを、下から見上げている。

「さぁ、身体で覚えて貰おうかな…」

店長が呟いて、制服のスカートの中に、手を差し込んできた。

「ひっ……」

冷たいクーラーの風が。

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